戻らない夏

くもふと

第1話 訪れる夏

「ただいま」

「あ、ちゃんと今年も帰ってきたな。約束守れてえらいぞ〜?」

 

 制服姿の私と、私服姿の君。2年に1回ぐらい、地元に帰ってくる蘭飛らんと。私の幼馴染で、同い年。

 

「今年も来たよ、ひま。誕生日おめでとう」

「……私のことはひまじゃなくて日葵ひまりって呼んでって言ったじゃん」

「……そういえば、日葵って呼ばれる方が好きだったっけ」

 

 と、懐かしそうに顔を緩ませる蘭飛。そしてたった今名前を呼ばれた私が、向 日葵むかい ひまり。漢字が全く同じ、ただそれだけでみんなには『ひまわり』だとか。そして蘭飛には『ひま』と呼ばれることが多かった。

 少しぴょんっと跳ねて、大きな整った形の石に腰を下ろす。5年前ぐらいからずっと椅子にしている、座り心地のいいところだ。まぁ……たまに濡れてるのがあれだけど。

 

「最近はどう?ちゃんと寝てる?」

「最近はね、学校で楽しくやってるよ。いっぱい友達できたんだ」

「ほうほう〜それは誠に羨ましい限りですなぁ〜」

「そしてその友達たちと通話してたら気づいたら朝、ってことが多くてさ」

「ん〜?いけない子だな〜?」

「おかげでその日の講義すごく眠くなっちゃうんだよね」

 

 いつもそうだけど、と付け足しながら、にへらと笑う君。私は、その話を聴きながら相槌を打つだけ。それだけ、だけど……私にはそれが何にも変えられないほどに楽しかった。

 たぶん、私は蘭飛が……。

 

「いいな〜夜更かし。私も高校さえなければいっぱい夜更かしするんだけどなー」

「あ、そういえばね。また背伸びたんだ。185cm。すごいでしょ」

「すっかり君も大人っぽくなったね」


 私は身長がびっくりするぐらい伸びないのに、と文句も漏らしつつ。

 30度を越える炎天下の中、私たちは毎年こんな風に他愛のない話をしている。ギラギラと照りつける太陽の光は、君の影をくっきりと地面に焼き付けていた。

 

「そうだ、1杯飲ませて。今年飲めるようになったんだ」

 

 そう言いながら彼は持っていたカバンから缶ビールを取り出す。気持ちのいい音を鳴らして缶を開けた後に、蘭飛はそれを思い切り飲み始めた。やけに飲み慣れている君の雰囲気に、少しモヤッとする。君がお酒を初めて飲むのは私と一緒でいて欲しかったけど、それはわがままか。

 

「私の分はないのかよー」

「これは君の分」


 私の目の前に置かれたコーラ。私の大好物の1つだ。初めてのお酒というイベントこそ逃してしまったけれど、久しぶりに会った君が私の好きなものを覚えてくれていた。些細なことだけれど、そんなことで無性に嬉しくなってしまう私に、少し子供っぽいなとも思いつつ。

 

「おぉ、よく覚えてたねぇ。今回はコーラに免じて許してやろう」

「いつか、君と一緒にお酒が飲めるといいな」

「……」

 

 そんなことを言う蘭飛に、思わず私は黙ってしまう。何を言っているんだか。私はまだなのに。それじゃ犯罪者だよ、蘭飛。

 

「……それじゃ、そろそろ行くね」

 

 すっかり飲み終わった蘭飛が、ビールの缶をカバンに戻しながら物寂しそうに言う。私としてはもう少し一緒にいたいのだけれど、蘭飛も久しぶりの帰省。会いたい人はたくさんいるだろうから、その想いを胸の奥に押し込む。仮に言ったとしても、君には届かないだろうけど。

 

「もうお別れかー。寂しいねー」

「……なんだか、寂しいな」

 

 お互いに交差し合う言葉。そこに『会話』なんてものはない。最初から無かった。互いに届かない言葉を、ただひとり呟くだけ。

 

「「せめて、向き合って話せたらな」」

 

 無常にも、私たちの声は揃う。

 私に背を向けて去って行く蘭飛。影のない私が座っていた向日葵が添えられていた石には、『向家』の文字が刻まれていた。


「……また、来年」

 

 また、そんな届かない言葉を呟いてしまう。

 今日は8月13日。

 私の誕生日で、お盆が始まる日だ。

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