第7話 若い力が芽生える 完結

陽燦社の役員会が開かれ、その決定事項が掲示板に張り出された。

『新役員の発表

代表取締役社長 桐生健二

取締役常務 高木真一

取締役 桐生一郎

取締役 桐生初子

相談役 桐生健一』

「研究開発部門の強化」――その一文は、社員たちの心をざわつかせた。

真一は掲示を見上げ、常務の表示に、胸の奥に炎が灯るのを感じた。

「やっと、時代が追いついてきたのかもしれない」

退職後も関わりを続けていた町工場の仲間の顔が浮かぶ。彼らが苦労して取り組んできた試作や改良の数々が、無駄ではなかったと証明されるように思えた。


翌週。

朝礼の壇上に立ったのは、新任の社長・桐生健二だった。まだ三十代半ば、若さの残る顔立ちに、社員たちは思わず背筋を正した。

「おはようございます。桐生健二です。

新しい考え方で、陽燦社をさらに発展させたいと思っています。若い力を信じ、若返りを図ることが大切です。私はまだ未熟ですが、どうか皆さんのご支援をお願いします」

「補佐役として、新取締役常務の高木真一が就任しました。皆さんの先頭に立って走っていただきます」

緊張とドヨメキが会場を包み、真一は静かに深呼吸をした。若林リーダーもその言葉をかみしめるように聞いていた。

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その後に開かれた会議。

社長は鋭く切り込んだ。

「佐久間部長、売り上げの割に利益率が低いですね」

「はい。そのため、新製品の開発を高木常務にお願いしているところです」

真一がすかさず説明する。

「現在、組み込み用の小型装置を開発中です。特許も取得し、売り込みを進めています」

「だが装置そのものを作らなければ、利益は出ないのでは?」

社長の追及に会議室の空気が張りつめる。二時間近く、緊迫したやりとりが続いた。

「今交渉している台東区のメーカーは、以前の会社で扱っていました。社長も私をご存じのはずです。お願いすれば、良い結果が期待できます」

「では挨拶に行こうか」

社長はそう言い、真一を伴って取引先へ向かった。

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訪問先の社長は顔を上げ、真一を見て言った。

「おや、高木さん。以前の会社でお会いしましたね」

「はい。父の会社に戻りました。どうぞよろしくお願いいたします」

真一は静かに名刺を差し出した。

しかし専務が首をかしげる。

「この会社名は聞いたことがないが、どこの部署が担当か?」

「開発部長様です」と真一が答えると、社長は短くうなずいた。

「良い部品の提案があれば採用します。それでは失礼」

あっさり席を立つ社長に、社長は唇を結び、沈黙した。格の違いを痛感したのだろう。

「……高木常務、がんばりましょう」

その声はどこか低く沈んでいた。

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会社に戻ると、社長は工場を見て回った。

「若くて有能な社員は誰ですか」

「技術リーダーの若林です」

「常務、ぜひ社長に会わせてください」

若林は緊張しつつも堂々と答えた。

「これまで試行錯誤してきましたが、高木常務の判断があったからここまで来られました」

社長はうなずいた。

「そうか。期待しているよ」

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「父からも聞いていましたが、高木常務の考えは最善だと思います」

社長は真一に歩み寄った。

「下請け会社も訪問して、協力関係を築きたい」

翌日、真一は社長にリストを手渡した。

「以前の会社でつながりのあった企業です」

「これは……すごい会社ばかりだ。大いに力を借りましょう」

社長の目が輝き、心からの感謝の言葉がこぼれた。

若き社長が意欲的に動き出した。

「常務」と沙織さんの声がした。

「お祝いをしましょうね」と言った、「若林君も呼びましょうよ」

「若い世代を大切に育てようね」と真一は微笑んだ。

若い仲間たちが、自らの意志で動き出したのだ。

それから2年が過ぎ会社経営も安定したが状態が続いている。

若者が新製品の開発に意欲を出し、新計画案が幾つも提出される。

―――――

その姿を見つめながら、真一の胸には静かな葛藤があった。

この良き流れを見届けて、そっと身を引くべきなのか。

それとも、顧問として寄り添い、まだ何かを伝えるべきなのか。

答えの出ない問いを抱えたまま、彼は車に乗り込んだ。

長年ともに働いてきた妻・智子さんとは、 二人で過ごす時間は、仕事に追われてほんのわずかだった。

だからこそ、これからは語り合える思い出を作りたい。

「信州の温泉なら、母も喜ぶだろう。車で巡れば、のんびり楽しめる」

そんな想いを胸に、真一は静かにアクセルを踏み、自宅への道を走り出した

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『白い朝の旅立ち』 花木次郎 @minami-nishi

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