第2話 神隠し事件

 事の発端は、なんと健太が存命中にあったのだという。

「あれは僕があの学校に赴任して二年目のことでした。隣のクラスの子がいなくなったという事件があったのは」

 はじめは、誘拐事件として大騒ぎになったそうだ。それはそうだ。小学四年生の女の子が家に帰らないとなれば、そう考えるのが普通だろう。ところが、警察が捜査し始めて三日目から、様子がおかしいことが明らかになった。

「まず、学校を出たという形跡がなかったんです」

「えっ?」

「うそでしょ?」

 行方不明という事実があるのに、学校を出た形跡がない。これはどういうことなのか。

「もちろん、ランドセルはなく、下校しようとしたことは明らかなんです。でも、門を出た様子が記録されてなかったんです」

「あっ」

 一昔前ならばいざ知らず、今の学校はどこでも防犯カメラがある。不明の女子生徒の足取りを追っていた警察は、当然真っ先に防犯カメラを確認したはずだ。

「その後、学校の周囲を捜索して、どこかにその子が出た形跡がないか探したんです。でも」

「どこからも足跡は発見されなかった」

「はい」

 こくんと頷いたまま、健太は俯く。話しているうちに当時のことを鮮明に思い出したのだろう。

「そうなると、学校の捜索が行われたわけですよね」

 幽霊が視えないものの、そこにいることは解っている満は、当然のように健太が座っているあたりに向けて質問を放つ。

「ええ。それはもう、職員室から理科準備室みたいな小さな部屋まですべて。でも、発見されませんでした。まさに神隠しにあったとしか思えないんです」

 それに健太は答えてくれるが、もちろん満の耳には届いていないので由紀がそれを伝える。

「なるほどなるほど」

 それを受けて、満の顔が不謹慎にも輝いた。この男、怪談の雑誌取材で七不思議を検証していたことから推測できるように、怪談師なんていう職業を生業としている。怪談師が解らない人は稲川淳二を思い出してもらいたい。

「つまりどこにも女の子はいなかった。警察が学校を出た様子を見落としたとしても、外にもいた形跡はなかった」

「はい。それはもう、ふっと消えてしまったかのように」

「この事件ですか」

 由紀はそう言って、先ほどまで触っていたノートパソコンを健太に向ける。そこには十年前の女子児童失踪事件の記事があった。

「こ、これです」

「N県ですね。満さんがいったのも」

「もちろんN県だ。たぶん、スタジオになっているのがこの事件のあった学校だな。まさに。三年前に児童数が減ったことで、隣の小学校と合併して、こっちの学校は貸しスタジオにまったんだよ」

「でしょうね。健太先生が学校を渡り歩いていない限りは」

「はい。今はスタジオになってしまって、びっくりやら困惑やら。自分が生きていた頃にも学校の統廃合が多くなってましたが」

 身近で起こるんですねえと、幽霊となった健太がしみじみと呟く。なんともシュールだ。

「廃校舎を再利用しようって動きは近年活発ですからね。しかもこんな奇妙な事件が起こった学校です。取り壊して別の利用をするっていうのが難しかったんでしょうね」

 いわゆる曰くつきになるうえに未解決事件だ。土地の買い手は見つからないと、最初からスタジオにする計画だったのだろう。人の利用が多ければ、ひょっとしたら事件の手掛かりが見つかるかもしれないという目算もあるのかもしれない。

「なるほどね。まさか俺は神隠し事件の現場で七不思議を検証したのか。あれ? じゃあ、あの部屋って、スタジオになってから開かずの教室なんですか」

「えっ?」

 開かずの教室。さらに不穏な言葉が出てきて由紀は眉を顰める。それから、どうなんですかと健太を見た。

「ぼ、僕は知らないです。当時、開かずの教室なんてなかったはずです。今も、あるなんて気づかなかったです」

 健太は嘘じゃないとぶんぶん手を振る。別に疑ってはいないのだが、由紀の眼光が鋭すぎたのだろう。たまに、幽霊だけでなく人間にもビビられる。

「健太先生が気づかない場所があるってことですね。ええっ、現地に行かなきゃダメってことですか」

 由紀は面倒くさいなあと頭を抱える。

「おっ。いいじゃないか。ちょうど、雑誌でもやった七不思議検証を由紀にもやってもらいたいって思ってたんだよね。いいネタが出来そうだ。動画の再生数もよさそうなネタだし」

「ちっ」

 明確に舌打ちする由紀だ。そう、満とやっている仕事は動画サイトに動画をアップするというものだ。それも、少しでも心霊スポットと呼ばれている場所を減らそうという活動をしている。ちなみにそれが本業というわけではなく副業だ。本業と分け隔てない満とは違う。

「まとまった休みを取らないとダメじゃないですか」

「いいじゃん。有給、余ってるって言ってたじゃん」

「このために余らせてるんじゃない!」

 由紀はふざけんなと満の頭を叩くと、スケジュール確認のためにスマホを開くのだった。

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