透けている人々との愉快な日常

渋川宙

第1話 視える人の日常

 この世には二種類の人間がいる。

 普通に存在しているか、透けているか。

 そんな馬鹿なと笑える人は、幽霊なんて非科学的なものは存在せず、この世は全て目に見えているものでのみ構成出来ていると考えられる、ある意味で幸せな人だ。

 別に幽霊じゃなくても、見えないものなんてごまんとあるのに。

 さて、こんな愚痴を述べている私、相楽由紀さがらゆきはもちろん幽霊が視えるタイプの人間だ。それも、普通に存在している人と同じくらいに、はっきりくっきり、いっぱい視えてしまう。

 日常生活はいつも困ってしまう。まず、相手が透けていないことを確認しなければならない。自分が幽霊が視える人だと知っている人が傍にいる時はいい。とりあえず、日常風景から少し浮いている人に関して

「あそこに誰かいる?」

 と問えばいい。こういう場合、大体がいないと返ってくるから、やはり幽霊は現代社会に馴染んでいないのだろうと思う。が、たまに判別できないレベルの幽霊がいるから困ったものだ。その逆もしかり。

 この間は幽霊かとスルーした露出狂が、実際の存在する変態だったことがある。もちろん、気づいて通報しておいた。その変態の後ろに背後霊がいたおかげで、なんとか気づいた。露出狂は無反応で警察に通報する女を虚しそうに見ていたが、知ったことではない。

 だが、ただでさえ霊能力に当たりの強い世の中だ。幽霊が視えているなんて公言しようものならば、頭のおかしい人認定されてしまう。ゆえに、由紀が当たり前のように幽霊を視ながら生きているなんて知っている人は少ない。よって、慎重に対応する必要がある。

「あの」

 今も、目の前に佇む女子高生は生きているのか透けているのか、判別できなくて困ってしまう。が、自分の目の前に立っているから、無視する事もできない。

「えっと」

「ねえ」

「あっ、はい」

 声を掛けようとしたら呼びかけられて、由紀は反射的に返事をしてしまった。相手からは悪意を感じられないから、別に幽霊でも問題ないのだが、いつもの自分にはない不用意さだ。

「ねえ、お姉さん。てけてけ、知ってる?」

「えっ?」

 しかも問いかけられた内容が不思議すぎた。

 てけてけ。

 もちろん知っている。昔の映画でも有名になった妖怪だ。

「てけてけって、本当にいるの」

「ええっと」

「本当だよ。お姉さんも、きっと会えるね」

「えっ?」

 そこで女子高生は消えてしまった。やはり幽霊だったらしい。が、いつものように視えてしまったと受け流すには不思議すぎる会話だった。

「まあ、幽霊と会話が成り立つほうが珍しいけど」

 しかしなんだったのか。首を傾げずにはいられなかったのだが――



「そういうことか」

 家に帰り、由紀はさきほど視た幽霊の告げた言葉を速攻で理解することになった。が、家にてけてけが出たわけではない。

「えっ? 何その反応? ひょっとしてまた、俺に何か憑いてるの?」

 恋人でもないのに勝手に人の部屋に上がり込む非常識野郎。

 由紀はそう心の中で悪態を吐きつつ、それでも仕事のパートナーではあるから仕方がないかと、勝手に家のリビングでノートパソコンを開いている細身の男、倉田満くらたみつるを睨み付ける。

「今度はどこで拾ってきたんですか? まったく、視えない霊媒体質のくせに、ほいほい心霊スポットに行くんだから」

 由紀は満の前に座ると、何をやらかしたんだと詰問口調だ。が、自分もノートパソコンを開くことを忘れない。何かあったのならば、それこそ満との仕事だ。

「酷いなあ。今日は普通の取材だったんだよ。今はスタジオとして使われている学校で、七不思議の発生についての取材」

 満は変なことをしていないと言うが、一般的職業の人からすれば変だ。

「怪談雑誌の取材だってことは解りましたよ。なるほど、それで後ろに先生っぽい男性が立ってるんですね」

「な、なに?」

「満さんと同い年くらいですよ。三十代前半」

「ま、マジか。でも、本当にそこ、心霊スポットじゃないぞ」

 浮遊霊のくせに憑いてくるなよと、幽霊に無茶な質問を言い出す満だ。その後ろで、幽霊は心外そうな顔をしている。別にくっ付きたかったわけではなさそうだ。

「やれやれ。また面倒事っぽいですね」

 由紀はその幽霊の表情から、やっぱりねとため息を吐くのだった。



 幽霊先生は名を健太けんたというそうだ。面倒なのでフルネームは聞かないのが由紀の主義なので、当面は健太先生と呼ばせてもらうことになる。

「で、健太先生は何が気になって私のところに来たの? その学校で困りごとでもあったの?」

 基本、こうやって意図せず満に幽霊が取り憑くのは、マジで取り憑いている場合と由紀に用事が、幽霊が視える人に用事がある場合だ。取り憑く意思がなかったということは、由紀の波長を感じてくっ付いてきたに違いない。

「そ、そうなんです」

 満の横にちょこんと座った健太は、よくぞ聞いてくれたとばかりに意気込む。

 これは面倒だぞと由紀の顔が曇ったが

「生徒が神隠しに遭ったんです!」

 健太から出てきた言葉は想像の遥か斜め上を行くものだった。

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