第17話 京都ガイド(祇園祭~五山の送り火)

 そうこうするうちに、茹だるように暑い祇園祭の季節となった。

祇園祭は八坂神社の祭りで、毎年七月一日から三十一日まで一カ月に亘って行われる。昔、京の都に疫病が流行った時、神泉苑に六十六本の鉾を立てて祇園の神を祭り、洛中の男児が祇園社の神輿を神泉苑に送って疫病退散を祈願したのが祭の始まりとされている。

 十六日の宵山には各山鉾町で提灯が灯され、ご神体や懸装品が披露された。

「わたし、初めて宵山と巡行を見に行ったんですけど、テレビで観ていたのとはまるで豪華さや凄さが違いました。山鉾が飾られ、コンコンチキチンの祇園囃子が奏でられている中で、様々な行事が繰り広げられていました。四条通りと烏丸通りは歩行者天国でしたけど、前へ歩くのも遅々として進まない物凄い人出で・・・それに、暑くて、暑くて、汗だくで・・・」

「そりゃ、祇園祭が近付くと、京都に夏が来た、って言われるくらいだからね」

「だから、浴衣姿の男女が多かったのかしら?」

「うん、外国の観光客も結構浴衣を着ていたしね」

「でも、屋台や行列の出来ていたカステーラなど宵山でしか楽しめない光景も味わえたし、とても良かったわ」

「祭のハイライトは、何と言っても、やはり十七日に行われた山鉾巡行だったな。三十二基の山鉾のうち二十九基は重要有形民俗文化財に指定されているということだった」

「美しい綺麗な綴織や西陣織などのタペストリーの美術品で飾られた、将に屋外移動美術館と言った感じだったわね」

「圧巻は鉾の“辻廻し”だったな」

「辻廻しって?」

「ほら、狭い新町通りを南下して来た函谷鉾が四条通りで方向転換したのを観ただろう。あの方向転換を辻廻しって言うんだよ」

「ああ、あれには驚いたわ、真実に」

 鉾の四つの車輪は側面に付いて居て、自動車のようには前輪が自由に動かない。その為、鉾全体をずらして方向を変えなければならないが、人が四十人程乗っている大きくて重い鉾の方向転換は容易ではない。

「函谷鉾が四条通りに入る前に、地面に細く切った竹がいっぱい並べられたんです」

純子ママがその訳を説明してくれた。

「その竹の上に鉾の車輪を載せ、竹の滑らかさを使って、摩擦を少なくして、鉾の方向を変えるのよ」

「鉾がその竹を目指して進んで来て、鉾が竹の上に上手く載るように調整しながら、大きな車輪の下に竹が並べられたんです。そして、車輪の下の準備が終わると、次に、鉾が動き易いように、車輪に縄が架けられました」

地元でよく宵山を知っている純子ママが付け加えた。

「いろいろ手間をかけて、やっと準備が整うのよ」

「そうですね。それから、鉾の先頭に乗っていた“音頭取さん”が扇を翳して大声を掛け、作業者の息を整えました。そして、一気に力を合わせて鉾を動かしたんです」

グイと押された鉾は凡そ三十度くらい方向を変え、その作業を数度繰り返して九十度の方向転換が行われた。

「凄いわね、人の力って・・・何トンもある鉾が人力だけで動くんだものね」

「鉾ってエコだな」

「何それ?洒落なの?」

確かに、ガソリンも電気も使わず、環境汚染も無かった。

「皆で協力し合わないと動かすことが出来ない鉾だからこそ、人の繋がりが深まるのよね」

 

 祇園祭の宵山から一カ月が過ぎると、“五山の送り火”だった。これは、葵祭、祇園祭、時代祭と合わせて京都の四大行事と言われるものである。

八月十六日の夜、二人は“送り火鑑賞バスツアー”に参加して、京都を囲む五つの山にそれぞれ「大文字」「左大文字」「船形」「鳥居形」「妙法」の形に火が点もされる京都の伝統行事を見て廻った。

午後八時に点火される「大文字」を皮切りに五分ずつの間隔を置いて順次点され、それぞれ三十分間点灯されると言うものであった。五つの送り火を全て見るのは慎一も亜紀も初めてのことだった。

「これは、お盆の先祖供養である一般信仰の盂蘭盆会と結び付いたものなんだよ」

「お盆に帰って来た先祖の魂を各家で供養した後、再びあの世に送り出すと言う意味が有るのね?」

「精霊迎えと精霊送りだな」

「そうね」

「この送り火は、護摩木に自分の名前と病名を書いて火床の割木の上に載せて焚くと病が治ると言う信仰が在るんだ」

純子ママが更に言った。

「消炭を持ち帰って粉末にして服用すると持病が治るとも言われているわよ」

「将に京都のお盆の伝統行事なのね」

 

 つい一年くらい前までは、こうして二人は互いに親密の度を深め合っていたので、純子ママは、このまま行けば真実に結婚に進むのかな、と思っていた。

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