第5話 叩きつける雨が二人の歳月と傷を洗い流した

「でも・・・」

あれから何年も経った中秋のこの夜、京都清水道の坂下で奈緒美は言った。

「わたしは天から罰を受けたわ。あなたに冷たくしたあの日の罰を。だって、あなたと言うかけがいの無い人を失ったんですもの」

 毅が何か言おうとした時、突然、雨が降り始めた。

初めは小降りだったのが、直ぐに篠突くような本降りに変わった。溢れかえっていた観光客は蜘蛛の子を蹴散らすようにタクシーに乗り込んだり、店々に入り込んだりして、忽ち街路から姿を消した。

 不意に、毅は奈緒美の手を捕った。そして、遥か昔の無鉄砲なあの神田の夜のように人気の絶えた長い坂を上り始めた。

最初、奈緒美はその勢いに気圧され、上衣を頭に被って、よろめきながら従いて来た。ハイヒールを履いて居た所為で足元が不確かだった。

その内、あの晩を思い出したように、奈緒美は笑い出した。そして、ハイヒールを蹴り捨てるように脱いだ。

叩きつけるような雨が二人の歳月と傷を洗い流した・・・

 奈緒美は毅の身体にしがみついて、一緒に坂を上って行った、雨に煙る街を後にして・・・

奈緒美は言った。

「京都に来たのはね、あなたを取り戻す為だったの」

毅は答えた。

「そうか。じゃあ、目的は果たしたことになるね」

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