7 色狂い

「絶対に助けます」


 大丈夫だと伝えるために頷いたら、彼がまた一瞬だけ苦々しく顔を歪め──すぐに、睨みつけて嘲笑う表情へ戻る。


「え、あの、き「黙れ、助けろ」──ンッ!」


 キスだとあなたを助けられても、あなたを傷つける、不快にもさせそうな。


 聞こうとした言葉は、圧のある声と言葉に遮られ、噛みつくように口を塞がれ、続けられなくなった。


(でも)


 助けられるなら、今はいいか。

 嫌な気分にさせてしまったなら、あとで謝ろう。


 キスでどうやって助けられるのか分からないけど、なんにしても助けられるなら。

 助けられるなら、役に立てるなら、あなた誰かのためになれるなら、必要な存在になれるなら。


 こんな俺だけど、できる限りのことをするよ。


(でも、俺)


 キスの経験なんてないからな。どうすれば良いんだろ。


 自分を嘲笑うように睨みつけ深く唇を重ねてきた彼へ、どうすれば、もっと助けに。


(なんか、こう、……くち、うご、か、す……、……?)


 考えようとした凪咲の思考が、鈍っていく。


(……なに……これ……)


 息苦しくない──呼吸はできているようだから、酸欠ではなさそうに思える。


 キスをされて、いわゆる「酔った」という訳でもなさそうだ。

 噛みつくみたいに深くキスしてきた彼は、唇を動かしたり、他に何かしたりとか、素振りも見せない。


 鈍っていく思考の中で、じゃあなんだこれと、なんとか考える。


 思考が鈍っていくだけでなく、力が抜ける……どこかへ行く、そんな感覚もあるような。


 気力、体力、なんにしてもエネルギーらしき何かが。


(……キス……口移し、で……そっちに、行ってるってこと……?)


 目で問いかけようと、未だに自分を睨んで嘲笑う表情でいる彼に、頭が回らないなりにしっかり目を合わせようとしたら、なぜか完全に睨みつけられた。

 銀色の瞳に怒りらしき色と、その奥にまた悲痛さや遣る瀬無さに思える色が見えた。


 目を合わせるのは、彼のためにならないらしい。


 視線を外し、思うのと。


(……顔色……少し、だけど……良く、なってた……)


 今にも死にそうなくらい青白かった顔色が、まだ青白いけれど、今にも死にそうなほどではなくなっていた。


(それ、なら)


 口移しで力を渡すという予想は、そんなに間違っている訳でもなさそうだ。


 キスで、ちゃんと助けることができている。

 比喩的な助けるでなく──それもあるかも知れないけど──、物理的な助けにもなっている。


(なら、本当に)


 良かった。

 助けられる、助けることができている、良かった。


 安心した凪咲をどう思ったのか、視線を外していても分かるほど、彼が不愉快そうに眉をひそめた。

 と思ったら、口を離された。


 まだ顔色、良くないのに。


 なのに大丈夫ですかと凪咲が聞く前に、彼が不愉快そうな表情と同じく不愉快そうな声で言ってきた。


「なんだ、お前。世間知らずのお人好しかと思ったが、色狂いの阿呆だったか」

「え……?」


 さっきも、なんでかお人好しで世間知らずと言われたけど。


 そこに、なぜか色狂いまで追加された。


 お人好しで世間知らずに思われそうな見た目だから、そっちはまだ分かるけど。


「……どの辺が……色狂い……?」


 そんな要素、ありました?


 あまり良くない顔色の割に思ったより元気になったのか、彼は体を起こしながら今までで一番キレのある舌打ちをした。


「笑っただろう、それも何やら満足そうに。訳も分からず承諾した阿呆かと思ったが、口づけられて満足そうに笑う阿呆は色狂いの阿呆に思えるんだが?」


(笑ってたのか、俺)


 自覚できてなかった。頭が回ってなかったからかな。

 とにかく、訂正しないと。


 口が離れたからか、鈍っていた思考が少しずつもとに戻っていくのを感じつつ、凪咲は説明していく。


「いや、違くて……キスに、満足して笑った訳でなく……」


 自分のエネルギーみたいな、力を渡す感じで助けられてるのかなと。


「それで、あなたをちゃんと助けられてるみたいで良かったなと、思ってたら」


 笑ってたみたいです。

 無意識に。


「不快な思いをさせて、すみません。まだ、ちゃんと助けられてないですよね? 顔色、良くないですし」


 仰向けになっていた体を起こし、凪咲は彼へ顔を向け直して。


「今度は笑ったりしないように気をつけるので、キスの続き、力を渡すの、あなたが元気になるまでちゃんとやり「黙れ阿呆この阿呆が」……」


 遮られずに最後まで言えるかなと思っていたけど、やっぱりというか、遮られたな。


 不愉快そうな表情から複雑そうな表情になり、凪咲の上からどいて右横にあぐらで座り直し、苛立たしげに両手で髪をかき回していた彼は、背を丸めて頭を抱えるような姿勢になっていた。


 耳も、尻尾も全部、困り果てたように垂れている。


「その、色々、すみません」


 キスで回復する技は、やはり彼の気分を害するらしい。


 それ以外にも彼がこんな様子になった理由はありそうだけど、分からない。


 彼が言った通りに自分はアホだしバカでもあるので、だから駄目なんだよなぁと凪咲は思う。


(役立たずな俺のバカさも、どうにかしなきゃだけど)


 まだ、目の前の問題が解決していない。


「こんな自分ですけど、まだあなたの顔色、良くなく思えるので」


 まず、一旦。


「家に入りましょう」


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銀色九尾な狐の彼と 山法師 @yama_bou_shi

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