第42話「田んぼと火②」

「これより、吸血鬼と婚約を結んだ罪により筧スズを火焙りに処す」


 森林の奥地、月明かりすら届かない深い闇の中で、松明の灯りだけがぼうっと光る。


 血が凍るような静けさの中、後ろ手に手錠を掛けられたリンは、磔にされたスズの姿をただ見上げていた。


「何、これ」


 白い隊服に身を包んだ男の持つ松明の灯りがスズの顔を照らし出す。


 男たちのまるで機械のような無機質さがリンの心をざらりと撫でる。


 夜中、白い隊服の男たちに無理やり連れてこられたという苛立ちはたちどころに消え去った。


「何、してるの」


 リンは目を見開いたまま呟く。


棒に手足を括られたスズの顔は、打撲で腫れあがっている。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんッ!」


「おい、大人しくしろッ!」


 男たちに身体を抑えられる。それでも暴れ続ける。


 夢なら早く覚めろと願いながら。


「この処刑は、神殿の守り手が持つ正当な権利に則って行われるものであり、いかなる抗議も受け付けないものとする。では」


 次の瞬間、松明を持った男たちがスズの下に集まる。


「待って……何してるの! 何してるのッ! お姉ちゃんだよ⁉ 悪いことなんて何もしてない!」


「黙れッ! 裏切り者の妹が!」


 そして、棍棒で背中を殴られる。


 その場に跪く。


 それは、目が覚めるような衝撃だった。


「お父様」


 リンは、隣で既に跪いている無精ひげの老けた男に呼びかける。


「お姉ちゃんは、何もしてないよね」


「……」


「こんなの、間違ってる。そうでしょ?」


「スズは、任務で出会った吸血鬼と関係を持った」


 無精ひげの男はそう言い、がっくりと項垂れ、涙を流した。


「潔白を証明するため、徹底的に調べた。間違いない」


 視界が濁っていく。歪んで、光が逃げていく。


 次の瞬間、立ち上がって走り出していた。


「お姉ちゃんッ!」


 しかし、すぐに手を掴まれる。


「こいつ、大人しくしろ! もう無理なんだよ!」


「何が無理なの! お姉ちゃんはお嫁さんになりたいって言ってた。ずっと!」


 男たちの息を呑む音が空気を揺らす。


「それが、無理だって言うの?」


「繰り返す。いかなる抗議も受け付けない。やれ」


「それが、悪いことなの?」


 男たちはスズの下にくべられた燃料に松明を伸ばす。


「リンちゃん」


 ハッと顔を上げる。


 スズからリンへ、はっきりとその言葉が届き、リンはスズの表情をしっかり目に焼き付けた。


 スズは微笑んでいた。


 静かに、まるで神に全てを明け渡すように、祈るように微笑んでいた。


『見ないで』


 そして、確かにそう言った。


 直後、燃え上がる炎。本能が拒絶する、肉が焦げる匂いが充満する。


 リンは叫んだ。叫んで、叫び続けて、やがてその気力も無くなった。


 灰と共に、行き場の無い魂がそこに残った。


 筧家の汚名返上。その命題はリンに生きる意味を与えた。


 そしてリンはスズの影に隠れていた責任感を大きく成長させた。


 そうしないと、もうスズのいないこの世界で生きていけなかったから。


「筧リン、あなたは、神殿の守り手として社会に奉仕し続けることを誓いますか」


 あのとき見た純白の隊服に身を包み、リンはリボルバーを両手で大事に持っている男を真っ直ぐ見据え、胸に手を当てる。


 大きな窓から朝日が差し込む王室を模した広い部屋で、部隊の隊員と同期の訓練兵たちの視線がリンに突き刺さる。


「誓います」


 リンはそう言い、その場に跪く。


「成績トップだってよ」


「射撃は満点以外取ったことないって」


「霊気は殆ど無いけど座学もずっとトップ」


「すげえな」


 リンは両の手のひらを上に向け、それを差し出す。


「裏切者の妹のくせに」


 両手に鉄の重さが響く。リンはそれをしかと握り締めた。


 跪き、俯いているこの瞬間だけは周囲に顔を見られない。


『規律の徹底こそが唯一、大切な人を守る道だと証明する』


 そんな言葉が脳裏をよぎった瞬間、リンは化け物を見るような目で自分を見ていた。

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