『天然ババアと親切ヤンキー』

一筆 息災

第1話

『既知との遭遇』


真夏の炎天下、茹だる暑さから逃れようと商店街のはずれにあるパチンコ屋に向かっていた俺は、とある生き物に絡まれた。

天然パーマを短く切り、どこで売ってるんだよ…とつっこまずにはいられない虎の顔にゼブラカラーのシャツ、何の素材で出来ているのかわからぬショッキングピンクのスパッツ、小脇に抱えるのは見るからに有名ブランドのバッタモンであろう鞄からはネギが生えている。何故だ…

熱帯地域の動物でも、ここまで欲張りな見た目のやつはそうは居ないであろう見目やかましいババアは、小さくも丸い躯体をこれでもかと広げ、仁王立ちで俺を下から睨みつけていた。

そう今や天然記念物、生きる化石、絵に描いたような関西ババア。

これは日々を平穏に暮らしたい俺と、それをささやかにぶち壊すババアとの因縁の物語である。


「…何や爺さん、わし暑いからさっさとそこのパチ屋入りたいねんけど」

左に行こうにも右に行こうにも目の前に立ち塞がる珍獣。

汗を含んだTシャツの不快感と、これでもかと声を張り上げる蝉達のリサイタルの中、苛立ちは臨界点を迎えようとしていた。

「…だよ」

睨め付ける珍獣が口を開く。蝉が遮る声に怒気がこもっている。

「なんだって?蝉がうるさくて聞こえねえんだわ」

珍獣の顔はみるみる紅潮し、息を大きく吸い込んだ。

「あたしゃババアだよ!」

うるせえ!商店街を歩く人達も驚き足を止めた。

「ああ、すまんすまん、ババアだったんやな。まぁ人間歳食ったら大体同じやから気にするなよ。ほな俺行くから」

付き合ってられない。さっさとエアコンの効いた店内に入りたい。

怒りを抑え、珍獣もといババアをあしらうように手をひらひらさせ通り過ぎる。

ぱしん。背中に軽い衝撃が走る。

「いてえなババア。ネギで人を叩くんじゃねえ!」

食い物を何だと思ってるんだ。人を叩いたネギで今日は味噌汁ですかうどんですか?良い子は真似したらだめだぞ。

「にいちゃんあれやろ、その金髪アメリカ人やろ。自分日本語うまいなぁ」

さっきまでの怒りの顔から一点して、興味深々な顔で聞いてくるババアの頭は、くりんくりんの天然パーマを短く切り、紫色に染められていた。

「おばはん、ええか、これは染めてるだけや。ほんまにくそ暑いからもう勘弁してくれるか?」

この手のババアに関わると碌な事がない。さっさと受け流すに限る。

「アメリカ人やないんやったらにいちゃん不良か、おかあちゃん泣くでほんま」

いやいやいや、ないわ。これはない。

「頭紫に染めたババアに言われたくねんだよ!ええ加減さっさとそこどけ言うとんねん!」

午後三時半、今日は厄日や。新しい職場にも慣れたというのに、久しぶりの貴重な休みはこうして削られていくのである。


「…つか、おばはん、余計なお世話かもしらんけどな、これGUCCIやなくてCUCCIって書いてあるけどええんか?」

首を横に大袈裟に振るババア。

「…あかん、それはない。ないわぁ。アンタがそないなん言わんかったらウチの中ではこれGUCCIやってんで!どないしてくれるん、ウチのGUCCI返してくれや」

どういう思考回路をしてるんだ…

「いや元々CUCCIや言うとろうがぁ!」

仕方がねえな、と無い知恵を(いや、あるわい!)振り絞り、目の前のババアに提案する。

「…ほなわし油性ペン買うてきて線一本足したるから、それでおばはんだけのGUCCIって事でええやろ」

顔を真っ赤にしたババアはもはや熟れすぎて崩れかけたトマトのようだ。

「ええわけないやろ!アンタそんなバッタモンで誰が納得する言うねん!」

うるっせ!なんだこのババアは。

「おばはんええ加減にせえよ!そもそも今アンタが抱えとるんがバッタモンやてさっきから言うとろうがぁ!」

構ってられない、もう帰ろう。ドッと疲れた…


その翌日、空はこんなにも青いのに。心の中は紫煙の曇り予報。

「…またかよ」

ショッピングモールの小さな喫煙所、薄暗い室内の壁に寄りかかり、咥えた煙草に火をつけようと目線を下げた自分の口からため息と共に吐き出た言葉。

「にいちゃん、アンタ一丁前に煙草なんぞ蒸かしよって、不良やなぁ」

最近ちょくちょくエンカウントする天然記念物みたいな大阪のババア(長いな…もう天婆とかでええやろ)が煙を燻らせながら立ちはだかる。

「ババア、ええ加減にせえって。俺が行くところ行くところでイチャモンつけてきよって…」

しかもこのババア、フランスの両切りの煙草なんか吸いやがって。似合うとるとでも思っとんのか?

「なんやにいちゃん、刺青入っとるんか?あれやろ、おばちゃん知っとるで、反社会的勢力とかいうやっちゃろ?怖いわぁ」

捲り上げた袖から覗いたタトゥーに反応しているらしい。

「いや、これはファッションや。最近タトゥー彫っとるやつなんて別に珍しくもなんともないやろ」

天婆は大袈裟に悲しそうな顔をして俺の全身をまじまじと見つめる。何でババアにこない見られなあかんねん。

「…自分親御さん泣いとるで。頑張って育てた子供がこんなにグレてもうて、ウチなら勘当モンやわぁ…」

煙草の煙を人に吹きかけながら何をのたまっとるんやこのババアは…

「ええ加減にせえよババア、そこの鏡に映る自分の姿見て言いや。煙吐き出すけったいな珍獣がばっちり映っとるぞ。俺がアンタの子供だったら間違いなくグレるわ」

鏡に映り込んだ自分の姿を見たババアが固まる。さすがに言い過ぎたか…

「すまん、少し言い過ぎたわ。おばはんもな無闇やたらに人に絡むんやないで」

昔家を飛び出した時のおかんの顔がよぎり、バツが悪くなり頭を掻く。このババアも苦労しとるんやろな。

「…ウチ今年で58やねんけど、見える?ピチピチやん、ほらこの肌見てみいよ。ほんまあれやな、女はいくつになっても自分に磨きをかけるもんやな」

…は?

「…ババアええ加減にせえよ…肥えて飛べなくなった極楽鳥みたいなナリしとる奴に女がどうこう言える資格あるんか!全国の頑張りよる女性に謝れや!俺はもう帰るで!」


こうして目当ての買い物を忘れ、ただただ天婆に絡まれた俺の週末は暑さと厚かましさと共に溶けた。


「休み返せよほんまあのババア…」

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『天然ババアと親切ヤンキー』 一筆 息災 @1Pizza_Sokusai

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