第10節~始動!!その②
部室としての使用が決まった“瞑想室”には、まだ埃の匂いが残っていた。
床の共鳴、壁の反響、空気の重さ。すべてが“音”を試される場所だった。
伊武が団旗を立てかけ、真冬は壁際でノートを広げている。
晴花はまだ落ち着かない様子で、天音の隣に座り込んでいた。
「ピアスくんの演奏、もっと広めたいな」
天音が言うと、伊武が勢いよく頷いた。
「だよな!! あの音、聞いた瞬間に鳥肌立った! あれをこの世界にもっと、ぶつけれるよう応援しようぜ!!」
「ぶつけるって……言い方」
真冬が苦笑しながらノートを閉じる。
「でも、形にするのは賛成。演奏ってものを“見せる場”を作ろう」
「広報とか、発表の機会とか?」
晴花が少し顔を上げた。
八雲が腕を組んで言う。
「この世界には“演奏”って概念そのものがない。だからこそ、伝える意味はある」
ピアスが微笑んだ。
「じゃあ、まずは触ってみる? ギター。教えるよ」
晴花の目が一瞬輝く。
「やってみたい!」
だが、八雲が小さく首を振った。
「やめとけ。……たぶん無理だ」
空気が重くなる。
「この世界の人間は、“意志で音を鳴らす”ことに生理的に拒絶反応を起こす。
身体が、意思に従わないんだ」
天音が静かに補足する。
「テーマが先に反応してしまうの。“演奏”って行為自体が、私たちには根本的に合ってないの」
晴花は手を引っ込め、肩を落とした。
ピアスは黙ってギターを抱え直し、弦を軽く撫でる。
その音だけが、部屋に柔らかく響いた。
「……そういえば」
真冬がぽつりと呟いた。
「昔、宵雨先生が言ってた。旧校舎に、異世界から来た“遺物”があるって」
「お、なんか聞いたことあるぞ」
伊武が身を乗り出す。
「それ、俺も聞いた。たしか“音を出す箱”みたいなやつだろ?」
八雲も頷いた。
霧島先生が、はっとしたように言う。
「もしかして……あの奥の倉庫? 瞑想室の隣に、鍵のかかった小部屋があるの。
前に宵雨先生が“大事な場所だ”って言ってた……」
「行こうぜ、今から!」
伊武が立ち上がる。
「ええー、やだよ! 旧校舎の奥とか、少なくとも今日は無理……」
晴花が顔をしかめる。
天音が立ち上がり、晴花の肩に手を添えて笑った。
「じゃあ、私たちとピアスくんで留守番してる。行ってきて」
ピアスも軽く手を挙げる。
「気をつけて。何かあったら、すぐ戻ってきて」
旧校舎の奥へ向かった八雲たちの足音が遠ざかると、部屋は再び静寂に包まれた。
ピアスはギターを抱えたまま、空間の反響を確かめるように弦を鳴らす。
そして、ふと口を開く。
「……ねえ、やっぱりちょっと試してみない? 演奏とか、歌とか。
昨日の夜、あの空気を一緒に感じたなら……もしかしたら、何か変わってるかもしれない」
天音と晴花が顔を見合わせ、晴花が先に笑った。
「私、やってみたい。昨日の音、すごかったし……ちょっとだけでも真似できたらって」
天音も頷く。
「できるかどうかはわからないけど……“できない”って決めつける前に、試してみたい」
ピアスは微笑み、ギターをそっと天音に手渡す。
「無理しないで、ゆっくりでいいから」
天音は慎重に構え、指を弦に添えようとした瞬間——
「……っ」
身体が拒絶した。指が震え、筋肉がこわばる。
弦を押さえようとしたコードが、まるで見えない力に跳ね返されるようだった。
「……あれ……?」
天音の声がかすれる。
何度試しても、指が動かない。喉が詰まり、呼吸が浅くなる。
「……ごめん、ちょっと……無理かも」
「じゃあ、私がやってみる!」
晴花がギターを受け取るが、弦に触れようとした瞬間、息が止まった。
指が震え、身体が固まる。
「……うそ、なんで……?」
笑おうとしても笑えない。
その表情は苦笑に変わり、やがて消えた。
天音がぽつりと呟く。
「……やっぱり、無理なんだね」
晴花はギターを膝に置き、両手で顔を覆った。
「……昨日の音が、あんなに胸に残ったのに。なのに、私の身体は……拒絶するなんて」
天音は隣で背中に手を添える。
「……感動したことと、できることは別なんだね。身体が、境界線を引いてくる」
ピアスはギターを受け取り、弦を軽く撫でた。
柔らかな音が、空気を震わせ、静かに染み込んでいく。
「……昨日の夜、みんなが“聴いた”のは確かだよ」
彼の声は静かだった。
「それが届いたなら、きっと……この世界にも、響きの居場所があるはずだ」
天音はわずかに頷いた。
「受け取るだけじゃ、足りないけどね。
でも……今は、それしかできない」
三人の間に沈黙が落ちた。
それは敗北ではなく、現実を受け入れた者たちの静けさだった。
——ドアが軋む音がして、八雲たちが戻ってきた。
旧校舎の冷たい風が、部屋の空気を少し入れ替える。
「お疲れ様、早かったね」
天音が言うと、八雲は苦笑しながら肩をすくめた。
「行ったのはいいけど、ダメだった。倉庫は“理事長”の管理下にあって、厳重に封印されてた。許可がないと鍵も開けられないらしい」
霧島先生が続ける。
「一応、理事長室も行ったんだけどね。宵雨先生は、今はほとんど静寂堂にいらっしゃるの」
「明日の放課後、俺が霧島先生と一緒に静寂堂に行って話して見ようとおもう」
伊武が言うと、霧島先生も頷いた。
「おじいちゃんに話に行くなら、私も一緒に行くよ!」
晴花が手を挙げる。
「その方が、話が早いでしょ!」
「じゃあ、決まりだな!」
伊武の声が響き、部屋の空気が少しだけ明るくなる。
瞑想室での、最初の活動は、静かに、けれど確かに幕を閉じた。
そして、明日へと続いていく。
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