第9話 魔法学校
――空が白く、風がやさしかった。
魔法国家エルデナ王国の中央にそびえる王立魔法学校・白の塔(ホワイトスパイア)。
塔の上層には、選ばれし20名だけが学ぶ特別課程――魔法特待課程があった。
魔力の波が穏やかに流れ、校庭の樹々には淡い魔光花が咲いている。
その光は魔素の粒であり、学校全体を覆う巨大な防護結界の一部でもあった。
魔法特待課程の学生達は各国から幼いながら親元から見放された孤児の集まりだ。
エルデナ屈指の魔法使い達が世界を飛び回り、魔力の素質を秘める子達を集結させた。
特待課程の設立目的は、表向きは魔法学のより良い発展とされているが、ディナシア帝国の不穏な動きを察知した王宮内で対抗戦力としての兵器を育てるというものだった。
特待課の学生達は全寮制の学校生活を送りながらお互いを家族の様に認識し合い日々を送っていた。
ーー
ーー王立魔法学校・白の塔中庭
「おはよう、リヴィア!」
朝の鐘が鳴り、通りの向こうから元気な声が飛んできた。
ティナ・ヴェルミリア――赤毛を三つ編みにした少女が、杖を抱えながら駆け寄る。
「また徹夜してたでしょ?目の下、すごいクマ」
「研究してただけよ。」リヴィアは軽くあくびを噛み殺した。
「ほんっと真面目なんだから。たまには遊びに行こうよ、屋上のカフェ!」
「……あとでね。」
そのとき、風が少し強く吹き抜けた。
高台のベンチに、制服の上着を枕にして寝転がる少年がひとり。
「またサボってるわね。」
リヴィアの眉がピクリと動く。
「セリウス・クレイド!」
「おっと、バレたか。」
銀の光を反射する髪が、朝日を受けてきらめいた。
彼はのんびりと寝返りを打ちながら、手を振った。
「だってさ、今日は天気がいいじゃん。光の加減を見ないと“光魔法の研究”が進まないんだよ」
「どの口が言うのよ。」
「ははっ、怒るなよ。ほら、こっち来いって。風が気持ちいい。」
リヴィアは小さくため息をつき、隣に腰を下ろす。
魔法の塔の影の下、遠くでは鐘楼の音が鳴っていた。
「グレイは?」
「図書塔。あいつ、もう朝から難しい顔してたぜ。“魔力理論第二項がどうのこうの”とか」
「……真面目ね。」
「お前と同じさ。」
ふと、セリウスが横目でリヴィアを見た。
光に照らされる黒髪、静かな瞳。
彼は何かを言いかけて、やめた。
「……なんでもない。今日の授業、座学だけだっけ?」
「午前はアーヴィング先生の歴史講義。午後はミリア教官の実戦演習よ。」
「マジか。地獄の日だな。」
⸻
魔法科特待課程生教室
教室にはすでに生徒たちが揃っていた。
20名、それぞれが魔法の専門領域を持ち、出身国も異なる。
この小さな教室は、世界の縮図でもあった。
黒板の前に立つのは担任のアーヴィング・ハルデン教授。
白髪の老紳士で、眼鏡越しの瞳はいつも温かい。
「さて、皆。歴史の授業を始める。
まずはおさらいだ。」
チョークが走る。黒板に古代魔導文字が並ぶ。
『魔法とは、理(ことわり)を知り、己を律する術である』
「この言葉は、古の魔法使いセイクリッドルート(六つの理)と呼ばれる人達が残してる言葉だ。」
その言葉に、教室の空気が少しだけ引き締まる。
「この世界には、三つの界が存在する。
天界――神々と天人が住まう理想の高位層。
魔界――原初の魔素が満ち、混沌と欲望が蠢く深層。
そして我々が生きる人間界――理と混沌が交わる中位層だ。」
チョークが“カツン”と鳴る。
「かつて、三界の均衡を保っていたのが“セイクリッドルート”と呼ばれる六人の大魔法使いだ。
彼らは人々を束ね、世界の秩序を形作った。」
生徒たちがざわつく。
アーヴィングは頷き、黒板に六つの紋章を描いた。
「六人はそれぞれ異なる属性を司った。
彼らは世界の“均衡”を守るために人間界を調律していた。」
「だが、六人のうちひとりが裏切った。」
空気が少し張り詰める。
「光の理を司る“ヴァル・ルシオン”。
彼は、人間界の頂点に君臨しようとした。
その結果、他のセイクリッドルート達から反感を買い、対立を生んだ。」
セリウスが小声でつぶやく。
「…ヴァルルシオン…?」
「何か知ってるのか?」グレイが振り向く。
「読んだ本に載ってた名前だなって。
“天界から堕ちた堕天使”。」
「お前、本読むのか?」
「本くらい読むだろっ!!」
「グレイは俺を何だと思ってんだよ。」
「アホ。」
リヴィアが続く
「バカ。」
それにクラス中から笑いが起きる。
「お前ら覚えとけよ!!」
セリウスも馬鹿にされた割には楽しそうに言う。
アーヴィングが割って入る。
「はいはい。そこまで。セリウスが言うように、彼は天界で反乱を起こし、“神”の座を離れた。
ヴァルルシオンの力は圧倒的なものでセイクリッドルート達の衝突は、天候、地形を変えた。
結果、五人は彼を封印し、残る五人は散った。」
リヴィアがノートに手を止め、そっとペンダントを指でなぞる。
胸の奥に、理由の分からない痛みが走った。
チョークが新しい線を描く。
世界地図――中央に大陸を覆うような巨大な国。
「次に、ディナシア帝国の興りだ。」
「三界の均衡が崩れたのち、人間界では技術が発達した。
古代魔法を解析し、機械と融合させた“魔導工学”が誕生する。」
「それを国の根幹に据え、急速に近代化したのがディナシア帝国だ。
彼らは“魔法を資源”とみなし、他国の魔力を奪い、兵器化した。」
黒板に描かれた帝国の紋章が、魔法灯の光に赤く反射する。
グレイが低く呟く。
「……兵器化。」
「その通りだ。」アーヴィングは頷いた。
「ゆえに、今も帝国は周辺国と戦を続けている。」
「では我がエルデナ王国は?」
教授は地図の北側を指し示した。
雪に覆われた高原――そこに“魔法の都エルデナ”と記されている。
「エルデナは古来より“魔法そのものを研究する国”だ。
魔法を理解し、調和を求めてきた。
だが、帝国の台頭により、我らの存在は危うくなりつつある。」
ティナが不安げに言った。
「先生……帝国は、私たちを攻めると思いますか?」
アーヴィングは少し沈黙してから、穏やかに笑った。
「エルデナは、戦争放棄を謳い、永世中立を掲げている。
また魔法の技術と歴史があり、帝国の侵攻は周辺国からの反感を買うため、あり得ない。」
「君たちは、帝国を筆頭に魔法を軽視し出した現代において非常に重要な存在だ。
これから魔法に対する認識が変わってくる。
そんな中、幼少期から魔法を学ぶこの特別クラスは、第二のセイクリッドルートを生む可能性すら秘めている。」
「学び、そして信じた道を進みなさい。世界が君達を待っている。」
アーヴィングは力強く話す。
「そっか〜。それは頑張らないとな。」
セリウスが自慢げにうなづく。
「セリウスが来たらがっかりするかもな。」
セリウスの後列に座る赤い髪色の男子生徒カルム・レヴァンがセリウスを揶揄う。
「なんでだよっ!!」
教室に笑い声が広がる。
「はい。静かに!」
アーヴィングは、話を続ける。
「魔法とは何か、君たちはどう考える?」
セリウスが手を挙げた。
「“心を形にする力”……先生、そう言ってましたよね。」
「うむ、よく覚えていたね。」
アーヴィングは微笑んだ。
「魔法とは、理(ことわり)に干渉する意思の形。
だが、それは代償でもある。
理を曲げるたびに、世界は少しずつ“正気”を失っていく。」
リヴィアはその言葉を噛み締めるように呟いた。
「じゃあ……魔法を使うこと自体が、罪になるの?」
「罪ではない。」
教授は静かに答える。
「選択だ。どう使うかが、その人の“理”を決める。」
教室の窓から差し込む光が、静かに揺れた。
午後 ― 実戦演習場
学院南側、浮遊庭園の上に設けられた訓練場。
魔法の属性を安全に放出できる結界が張られており、演習中は青白い光が空に走る。
「ペア戦だ! 一組ずつ出ろ!」
声を張り上げるのは実技教官ミリア・フェーン。
帝国出身の女魔導士で、冷徹な眼差しが生徒を射抜く。
「まずは――セリウス・クレイド、リヴィア・ノクス」
「えっ、また!?」
「いいじゃない、たまには本気見せてみなさい。」
二人は向かい合い、構えを取った。
風が巻き上がる。リヴィアの周囲に闇の粒子が漂い、セリウスの背後で光が揺らめく。
「手加減しないわよ。」
「それ、俺のセリフ。」
——光と闇がぶつかる。
セリウスの双剣が光の残像を残し、リヴィアのレイピアが黒い軌跡を描く。
鋭い金属音と共に、空気が震えた。
観覧席でグレイがつぶやく。
「……相性、最悪で最高だな。」
リヴィアの影が床を這い、セリウスの足元を捕らえる。
「動けない!?」
「“影縫(かげぬい)”。」
しかし、セリウスは笑った。
「効くかよ。――“鷲光(しゅうこう)”!」
足元に走った光の剣閃が、影の鎖を断つ。
次の瞬間、二人の距離が一気に縮まる。
金属音。爆風。
2人の剣戟は、速度が増していく。
周囲のクラスメイト達は風圧で立っているのがやっとだ。
ミリアが手を上げた。
「そこまで。引き分け。」
息を荒げながら、リヴィアとセリウスは顔を見合わせる。
その目に宿るのは、敵意ではなく――どこか懐かしい熱。
⸻
放課後 ― 白の塔の屋上
夕暮れ。
学院の上空には、赤く染まった雲と、遠く光る飛行船の影。
リヴィア、グレイ、セリウスの3人が屋上の石壁に腰を下ろしていた。
「ねぇ、セリウス。」
「ん?」
「なんで、あんなに楽しそうに戦えるの?」
「え?」
「……人を傷つけるかもしれないのに。」
セリウスは少し黙り、空を見上げた。
「リヴィア、俺さ。昔、天界の血を引いてるってだけで、ずっと“怖い存在”扱いされてた。
だから――戦うときくらいは、自分を肯定できる気がするんだ。」
リヴィアは少しだけ目を伏せる。
自分の中にも、説明のつかない“異質な力”がある。
その意味を、まだ誰も知らない。
「でも、戦いの先にあるのが平和なら、悪くないだろ?」
グレイが横から静かに言った。
「理想だな。……でも、一理あるかもな。」
三人の視線が交わる。
沈みゆく夕陽の下で、風が柔らかく塔を撫でた。
⸻
白の塔の屋上
授業を終え、屋上に出た三人。
風が高く、雲の切れ間から淡い光が差していた。
「ねぇ、先生の話……どう思う?」リヴィアが口を開いた。
「難しすぎる。」セリウスは寝転がったまま笑う。
「でも、先生の話からすると魔法は有限なのかな。」
グレイが隣で腕を組む。
「…いや。それはない。空気中の魔素を集めることを魔法というだけだ。先生の今回の講義はあまりに偏っている。」
「グレイって冷めてるよな。」
「お前が熱すぎるんだ。」
リヴィアは二人のやりとりを見ながら、静かに空を見上げた。
青と白が混ざる空の端に、何か黒い影が動く。
「……あれ。」
グレイが目を細める。
「飛行船……?帝国の型に似てる。」
「偵察か?」
「わからない。でも、嫌な予感がする。」
風が止まり、塔の上で旗が静かに揺れた。
リヴィアの胸の奥で、ペンダントがかすかに鳴る。
この日、彼女たちはまだ知らない。
―この青空の下の時間が、もう二度と戻らないことを。
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