第19話 開戦の狼煙

 まるで……空間そのものに重圧がかかるように。空気が重たくなって、ビリビリと震え出す。


 すぐそばにいる僕たちだけじゃなく、貴賓席や、さらに遠くの聴衆まで感じてるはず。


 その証拠にほら。広場から、音が消えた。


 そして。




 直後、姫の体から天に落ちる滝のように――――銀の光が立ち昇る。




「ッ! あれは……あの、銀光は!」


「まさか初代国王様の!?」


 ときおりバチバチと弾けながら、姫の体を分厚く覆っていく銀光。姫の銀髪や金銀をあしらった儀礼服とよく映える、天上の力。


 魔力の揮発とよく似たスパークは、高密度なエネルギーである星験に標準装備された現象だ。見た目にも派手だし、こういうパフォーマンスにぴったり。


「……まさか、本当だったのか! 王女殿下は伝説に語られる初代様と同じ力を持つと!」


「しかし、殿下は魔術を使えないという話じゃ……?」


「目の前のこれが全てだろう……! この空気震わす強大な力を、殿下は完全に制御しておられる! まさに――初代国王の再来……ッ!」


 よしよし、狙い通り。貴族も民衆も姫から目を離せなくなってるし、さっきまでと空気感がぜんぜん違う。


 それはきっと、建国の神話にも記された初代様と同じ力を見せることによる、王位を継ぐ正統性の証明。肌で感じるだけで尋常の力でないと、そう誰もが感じられたはずだった。


 銀光に包まれ、もはや神々しささえ感じる姫が口を開く。


「――私には力があります。その一つはこの……初代アトラス王と同じ、建国の光」


 腕を上げて手のひらを上に向けると、次第に集まって球をなす銀の星験。


 聴衆はみんな姫に釘付けだ。まだ不完全ではあれど、姫に星験操作を伝授した甲斐があった……。王の後継者として、これほど説得力のあるデモンストレーションはないからね。


 そうして。


 姫は光をまとったまま言う。


「そして、私の力はこれだけではない。二人とも――」


 端に立つ僕を置いて、スウさんとマグワイさんが姫の呼び声に応え、両隣に並び立つ。


「アトラス王国騎士団――『尾の剣』師団長、シビル・マグワイア。同じく、『鬣の盾』師団長、スカーレット・クレイ」


「はっ!」


 膝をつき、姫に忠誠を捧げる姿勢の二人。そのうち片方がめちゃくちゃ不満げな顔をしてるのは僕だけの秘密だけど。


 でもまあ、とにかく。


 いまこの場において姫は――――王国騎士団に四つある師団、その半分という強大な軍事勢力を支配下においたことを示した。


 聴衆はまた驚愕にどよめいてる。けどそれはけしてネガティブなものじゃなく、驚きつつも王国の新たな支配者を納得して受け入れ始める声……。


 姫はもとから、陛下と比べて抜群に民衆受けが良かったから。ほとんど外に露出がない王太子殿下と比べてもそう。


 だからこそ。こういう形でハッキリ後継者としての立場を見せつけることで、少なくとも民衆からは何の反対もなく受け入れられる。


「――……んか、殿下、殿下、殿下っ!」


 四方から、姫を讃えるコール。


 うん、やっぱりみんな姫を応援したいみたい。そうだよね、国民を思いやる政治の実績があって、若く見目麗しい――そんな為政者を好きにならないわけがないもん。


 それにこれは大衆だけじゃなく、貴族たちも同じはず。特に地方の有力貴族は、王家や伝統を強く重んじる一方で、代わりにきちんと統治者としての責任を求める。その面で見れば姫は――。


「殿下……ずいぶんとご立派になられて! 実務能力は疑うべくもなく、そのうえ強固な体制構築に王家固有の魔術まで」


「やはり殿下が魔術を扱えないなどでまかせだったのだな……! 見よ、あの神々しい光を! あれこそ我らが忠誠を捧げるべき……ッ!」


 髭を生やした立派な御仁たちが、感極まったように姫を見てるよ。


 もちろん、一人残らず姫の味方になったなんて都合のいいことはないだろうけど。それでも、今日この場での大きな目的は達成できた。


 ――姫が陛下直々に後継者扱いされ、さらに実際の力……王宮内に大勢力を抱えていると、有力諸侯や国民に認識させること。


 これができただけで、これからの姫の安全は段違いだから。


「ただ、今後否応なく国の指導者として働かなきゃいけないけど。姫、最近はなぜか乗り気だもんね」


 お金にも権力にも興味ないのになんでだろ、とは思うけど。


 まあ、姫がやる気なら僕はその支援に力を尽くすだけだよ。万全の後ろ盾のもとで王位継承しさえすれば、あとは天才である姫が全部上手くやるはず。


 さしあたっては今日これから……式典最後の見せ場を姫がうまくこなせれば完璧――。


「――――では、建国を讃える祝辞はここまでとします。最後に……今後ますますのアトラス王国繁栄を祈り、星々への報せを」


 毎年、建国記念式典の最後に必ず行うのは……当代の王による魔術を用いた祝砲。


 儀礼としての意味以上に、アトラス王家という優れた魔術師家系の力を誇示することができるこれで、式典を締めくくることができれば。


 姫にかしずいていた二人が僕の方へはけてくると同時、この場の皆が姫の魔術に注目する中。


 厳かに口を開いた姫は――。




「――――祝砲は、私がもっとも信頼する側近に任せます。政務全権代行官補佐、アルベルト・コール。こちらへ」




 え? ……僕――?


「……ほら、アルベルトっ。きて、こっち!」


 小声で僕を手招きする姫。今日一番の見せ場を笑顔で僕に譲ろうとする姫に、僕はもちろん聴衆も一様に戸惑ってる。


「政務全権代行官補佐とは、まさかあの、小姓のようなあやつ……!?」


「殿下、一体なぜ! 今こそまさに、建国神話に語られる御力を示すべきだというのに!」


 荒れる貴族たち。


「えー殿下が手招きしてるのってあの子? かっこかわいい」


「でも王家以外がやるの見たことないぜ? 俺、もう二十年はこの式典でてるけどさ……」


 貴族ほどではないけど、大衆も戸惑いが大きいみたい。


 やっぱり姫、ほら。予定通り姫がやるべきだよ!


 なんとか身振り手振りとアイコンタクトで伝えようとしていると、すぐそばから愕然とした声が。


「や、やられた……ッ! あの女、こんなところで点数稼ぎに来るなんて!」


「スウさん……?」


「出遅れた……ッ。今回の話の交換条件――アルくんとの二人の時間で、やっと得られた成果をプレゼントするつもりだったのに!」


 交換条件に、成果? なんの話かと疑問に思ったその瞬間、スウさんは必死な顔で僕に言う。


「アルくん、アルくんッ。ボクだってね、我が君のために頑張ったんだよ! ほら、見てこれをっ。あのとき酷いこと言っちゃった罪滅ぼしもしたくって、なんとか見つけた――」


 懐から取り出されたのは……丸めた紙?


「――コール村を攻め滅ぼした敵部隊の、いまの所在地さ! 苦労して調べたんだ!」


「ッ!」


 コール村の? それはつまり、当時ジキールで村を襲った実行犯の……!


 そう、思わず動揺してしまったからだろう。僕はスウさんが開いたその紙――地図に書かれた情報に意識がもってかれて。


 ――突如、魔力の光を発し始める地図を前に初動が遅れてしまう。


「な……。これは……あの大男の魔力ッ?」


「えっ? なに、これ!? ボク知らな――ッ」


 ダメだ。たぶんもう、間に合わない……っ。


 高度な【転移】魔術を完全に隠蔽してこの速度で発動なんて、やっぱりあの大男はとんでもない手練れ……。


 それに、この少しだけ混ざってるのは星験? さてはメルちゃんが術式の隠蔽に協力したね。


 加速された思考で、もう数瞬後には発動するだろう魔術を分析する。今から逃げるのは間に合わないし、たぶん前と同じですぐ危険がある魔術じゃないだろうから……自らのミスによるものと甘んじて受けよう。


 意図せずこれを持ってきただろうスウさんが、また過剰に気に病んじゃわないかが心配だけど――と。


 僕がそう、所詮は自分にしか害がないからとどこか軽い気持ちでいたから、だろう。


 姫は二人の師団長が守ってくれるし、僕が自分のことだけどうにかすればいいって、そんな認識は――どこまでも、甘かったのだ。


 そのことに気づいたのは、銀の光をまとった姫が、音を置き去りにこちらへ飛んでくるのを見たその時。


 血の気が引いた。


「パパぁ……ッ!!」


 目に涙を浮かべた、不安そうな――けれど「助ける」という決意に満ちた表情。


 そのとてつもない速度に反する優しい衝撃が体を押し、壇上でお尻をついた僕が見たのは。




「――今度こそ、やったわ……! パパ! わたし、待ってるか――」




 その言葉を、最後まで聞くことはなく。


 伸ばした手は届かず、掻き消える姫の姿。


 守ると誓った主人……友だちを目の前で取りこぼした僕は、まだ誰も声を発せないこの場で、唯一口を開いて――。




「――――――く、そ……ッ!」




―――

キルリエラはとってもいい女なんです。激重なだけで、アルベルトのことを一番に考えてます。(ただし彼が自分から離れようとしたりしたら……)

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