長居許さん
七乃はふと
ナガイユルさん
皆さんこんばんは。怖い話のお時間です。
今日はあるお部屋に作られた、手狭な城が舞台になります。
以前は三人家族が住んでいたのですが、怖い出来事によって家族は離散。今はたった一人の城主がいるのみ。
一体何があったのか。一緒に見てみましょう。
んん? 城が気になると、それは読んで貰えば分かります。ヒントは生きているなら必ず行く場所。ただ、これからご覧になる城主が幸福かは……皆さんの判断に任せます。
私は自室に籠り、プライベート用のタブレットのキーボードを叩いている。カタカタさせては指を組み、カタカタさせては指を組むの繰り返し。
息子を戒めるためとはいえ、私は久々に童心に戻ったような気持ちで、画面に怖い話を打ち込んでいた。
何故そんな事をしているのかというと、妻からの相談がきっかけだった。
「トイレから出てこない?」
「そうなの。あの子、ココ最近ずっと入ってるのよ」
私たちの一人息子は今年中学に入ったばっかだ。運動は苦手で勉強はそれなりと、幼い私を見ているようだった。
「私はあいつがトイレに籠ってるとこ、見た事ないが」
「朝は篭らないの。いつもの時間に学校に行くし。帰って来てからなのよ」
それでは見た事ないのも頷ける。私は職場が遠いのもあり帰ってくるのは深夜。息子は部屋にいるし、私も自室に行って、外の様子は分からない。
妻は家事をこなしている時に息子がトイレに入っていくのを見るらしい。
「ある日なんか、洗い物終わってから暫くしてトイレに行ったら灯りがついてたわ」
「本人に聞いてみたのかい」
頷いた妻の顔は眉間に皺ができていた。
「『何でもない』って言って部屋に行っちゃったわ」
「本人が問題ないというなら、放っておけばいい。腹の調子が悪ければ、向こうから相談してくるさ」
「心当たりがあるの」
妻は言葉にしたくないのか目を逸らして続ける。
「中学祝いに携帯買ったでしょ」
「それでトイレに籠る理由にはならないだろ。ネットやゲームなら自分の部屋ですればいい――」
言いながら、私はある可能性を思いつく。
「あなたも気づいたみたいね。そう、個室で見ているんじゃないのかって」
「彼に聞いたのか?」
「母親が聞ける問題じゃないでしょ。あなたが聞いてよ」
「待て待て。こういうのはデリケートな問題だ」
「デリケートっていえば見過ごされると思ってるの。私は見るなとは言わない。ただ悪質なサイトやメールに引っかかって高額な請求が来たらどうするの。警察に相談した途端、近所の笑い物よ」
妻は息子よりベニヤ板の外面が心配らしい。
だが、そう言ってしまったら、怒りの矛先がこちらに飛んでくる。少ない自由時間がこれ以上減るのは勘弁願いたい。
「分かった。それとなく聞いてみるよ」
「お願いね。相談してよかった。さっすが家の大黒柱」
重荷をこちらに押し付けた妻の眉間の皺が綺麗さっぱり消えている。
完全にしてやられたが、やらなければ、また文句が飛んでくる。私は息子がトイレに入るのを確認し、時間を測る。最低でも一時間半、長いと四時間も籠っている。
そんな楽しいことが待っているのか。問題云々の前に単純に興味が湧いた。
偶然を装いトイレから出てきた息子に聞いてみる。
「顔色悪いぞ。腹痛いのか?」
「違うよ」
息子は持っていた携帯を後ろに隠す。やはり親には見せられないサイトに夢中になっているようだ。
「動画見ていたのか。あまり過激なのは見るなよ。母さんには内緒にしておくから」
部屋で見なさいとは言えない。もし欲望を解放しているとしたら、臭いの問題がある。部屋よりもトイレの方が処理しやすいはずだと考えたのだろう。
子供時代の私も部屋がなかったから分かるのた。
「ち、違うよ! 友達と会話してただけだから!」
息子は体当たりするように部屋に飛び込んでいった。
どうやら息子はチャットアプリを使っているようだ。おそらく自称女性と。だから何時間もトイレに行っている。原因は推測できたが、妻に言うのは憚られる。
彼女の事だ。息子から携帯を取り上げてしまうだろう。そうしたら二人の仲は険悪になってしまう。幸い、何ヶ月経っても高額な請求書が来ない。もしかしたら本当に会話を楽しんでいるだけ、もしくはそれ以上の仲なのか。
私は見守ると言う選択肢を取っていたが、ある日帰宅すると、妻が怒鳴り声で私を呼んだ。
「近所に聞こえるぞ」
「そんなの今はどうでもいいの」
やれやれ、自分でベニヤ板を叩き割ろうとしている。
「あの子。学校で何してると思う」
今までの事から予測できるが、私は分からないフリをする。
「ずっと、トイレに籠っているんだって。休み時間だけでなく授業中も、先生から電話が来たわ」
妻が前髪を引き抜くようにかきあげた。
「あなた。何もしなかったのね」
「私は聞いたよ。聞いて問題ないと判断したんだ」
君だって、私に丸投げしてから無関心だったくせに。
「問題ないどころか、大きくなっているじゃない。今すぐ何とかして」
「何とかって、どうするんだ?」
「考えなさいよ。携帯を没収するの」
「やめよう。彼の色々なモノが溜まる事になる。空気を入れすぎた風船がどうなるか分かるだろう」
「溜まる、風船? あなた何言って……そう言うこと」
妻は立ち上がる。私は後を追うと、案の定トイレだった。
バンバンと平手でドアを叩き、息子に出てくるように促す。
中から返事は来ない。聞こえていない筈はない。何故なら、外で野良猫が騒いでいる。
剛を煮やした妻がもう一度叩こうとした時、中から大声が聞こえてきた。
「うるさい!」
たった四文字。私は一瞬視界が真っ暗になる。妻も同じようで、廊下に背中を預けていた。ジェット機が間近を通り過ぎたような音に気を失ったらしい。
息子は携帯を叩きつけると、部屋に走り去ってしまった。
ひび割れた携帯の画面にはゲームどころかチャットアプリの陰も形もなかった。
息子は相変わらずトイレに籠っている。学校でも同じようで、何度も注意されたのか、電話で受け答えしていた妻の頬はこけていた。
私がお母さんの所で休んできたらどうだいと提案すると、一時間後に荷造りして出て行ってしまった。それから帰って来ていない。
私といえば変わらない。いや一つ増えたことがある。それが息子をトイレに籠ることをやめさせる方法。
近くのコンビニでトイレを借りていたのだが、遂に店員に顔を覚えられてしまった。
ある日思いついたのが、怖い話を作ることだった。私が学生の頃は学校にも当たり前のように怖い話の本があり、トイレの怪談を読んでしまって、何度我慢したことか。
私は完成した話を聞かせるために小走りでトイレのドアの前に立つ。
「知っているか。トイレにはナガイユルさんと言う人がいるんだ。ナガイさんは男とも女とも言われているが共通してお皿を被せたように禿げ上がっている。便器に長く座っていると現れる。最初は誰もいないのに視線を感じる。四方を見てもスペースはない。それでも見られている。唯一潜める場所、分かるか? そう便器の中だ。下から覗き込むと、お皿のような頭と二つの目が水面に浮かび上がる。この時目を合わせれば、ナガイさんはビビリだから便器の中に引っ込んで二度と出てこない。それどころか、目を合わせないでいると、何でも悩みを聞いてくれる聞き手になって何時間もトイレにいたくなる。だがあるタブーがある。それは放屁だ。ナガイさんはその匂いが大好きで、もっと吸いたいと体内に入って――」
ドアが突然開いた、咄嗟に避けると、息子が悲鳴を上げながら出てきて、部屋の方に消えていった。
私は解放されたトイレに入り、温くなった便座に腰掛ける。
実は催していたのだ。
我が家のトイレを取り戻す。こんな事で、久しく仕事では味わえなかった達成感を味わえるとは。
それにしても滅茶苦茶怖がっていたな。そんなに怖い話だったとは、小説投稿サイトに投稿してみようか。もしかしたら作家デビューなんて……?
何か感じる。頬杖ついている私をカメラで取っているような感覚。気のせいと思っても拭えない。
トイレは綺麗だが、人一人が入ればいっぱいだ。なのにずっと見られている。
一つの可能性が、私の首を操る。そんな事はない。あれは創作を切り貼りした物。いわば紛い物だ。なのになぜ書いた通りの事が起きている。
怖くて立ちあがろうとしたが、足に力を入れられない。何故なら出てしまう。息子が籠っている間に溜まっていた物が。
どうすれば逃げれるか、脂汗をかきながら思い出そうとすればする程、腹の中で下降していく感覚が強くなる。
自分で書いた解決法を思い出すより早く、盛大なラッパが鳴り響いてしまった。
長居許さん 七乃はふと @hahuto
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