短編小説と歌で綴る物語 『悪夢のギフト』

そら

朝焼けの海。


波の音が静かに響いている。


彼女は防波堤に座って、水平線をじっと見つめていた。


「また、あの夢を見た」


ぽつりと、彼女が言った。


僕は隣に腰を下ろして、海を眺める。11月の海は少し冷たい風を運んでくる。


「同じ夢?」


「うん。大切な何かを失う夢。毎回、違う場所で、違うシチュエーションなんだけど、最後はいつも同じ。手を伸ばしても届かなくて、叫んでも声が出なくて……」


彼女は膝を抱えた。風が彼女の髪を揺らしている。


「それで、目が覚める」


「怖い?」


「怖い。すごく怖い。でも……」


彼女は少し間を置いて、続けた。


「目が覚めたとき、ほっとするの。ああ、夢だったんだって。それで、隣にあなたがいて。朝日が部屋に差し込んでいて。いつもの朝が、いつも通りそこにあって」


波が寄せては返していく。カモメが一羽、空を横切った。


「最近気づいたんだけど」


彼女は僕のほうを向いた。


「悪夢を見た朝って、何でもないことがすごく愛おしく感じるの。あなたの寝顔とか、コーヒーの香りとか、この海の音とか。普段は当たり前すぎて意識しないようなこと」


僕は彼女の手を取った。少し冷たくなっていたその手を、両手で包む。


そして僕は真顔で彼女に言った


   君は嫌な夢をみる

   そして朝

   夢だったことに安堵する

   嫌な夢は君自身からのギフト


彼女は驚いたように僕を見て、ふっと笑いながら


「どこかの詩人さん?」


「ギフト、か」


「そう。君の心が、君に教えてくれてるのかもしれない。今持っているものがどれだけ大切か、って」


彼女は僕の手を握り返した。


「そうかもしれないね」


波の音が心地よく響いている。


「でも」


彼女は悪戯っぽく笑って言った。


「あんまり頻繁には見たくないけどね、そのギフト」


僕も笑った。


「それはそうだ」


海は変わらず、ゆっくりと呼吸するように波を繰り返している。


僕たちはしばらく黙って、その景色を眺めていた。


失うことへの恐怖が、今あるものの輝きを教えてくれる。


彼女の手の温もりが、僕の手の中にある。


それは確かに、ギフトなのかもしれない。


「帰ろうか」


僕が言うと、彼女は頷いた。


立ち上がりながら、彼女がもう一度海を振り返る。


「ありがとう」


彼女が小さく言った。


何に対してのありがとうなのか、僕にはわかったような気がした。


おわり


―――――――――――――――


小説を歌にしています。YouTubeでお聴きいただけます。


https://www.youtube.com/watch?v=6F1_-KxkYqs&embeds_referring_euri=https%3A%2F%2Fnote.com%2F&source_ve_path=OTY3MTQ


『悪夢のギフト』

作 そら


また同じ夢を見た

手を伸ばしても届かない

声にならない叫びで

目覚める朝


でもね 気づいたの

悪夢のあとの光が

いつもより眩しくて

あなたがそこにいる


朝焼けの海

波の音

冷たい風も

あなたの温もりも

失うことが怖いから

今が愛おしい

いつか消えていく日常を

怖い夢が私に教えてくれたの

あなたの手の温もり

確かなギフト


コーヒーの香り

寝顔の柔らかさ

何気ない日々が

愛おしい


夢で感じる不安も恐れも

わたしからのギフト

大切なものを

照らし出すため


朝焼けの海

波の音

冷たい風も

あなたの温もりも

失うことが怖いから

今が愛おしい

いつか消えていく日常を

怖い夢が私に教えてくれたの

あなたの手の温もり

なぜだか涙が止まらないよ


カモメが空を横切って

波は寄せては返す

この瞬間を

忘れたくない


ありがとう そう呟いた

わたしとあなた

今つながって

今ここにいる


悪夢がくれたギフト

あなたに包み込まれる朝

あなたの隣で

目覚める幸せ


帰ろう ふたりで

この景色を胸に

あなたがくれたギフト

涙が止まらないよ

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短編小説と歌で綴る物語 『悪夢のギフト』 そら @kotonohano_sora

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