5話 おきあがりこぼし

次の日

家に帰ったのは昼過ぎだった

病院で沢山寝たはずなのに

自分の布団に入ると 寝落ちそうになる

「よし」

私は思い切って起き上がり

一階の仏壇部屋に行った。


カツキが家に来たときと

何も変わっていない仏壇

私は座布団に腰を下ろすと

引き出しから線香を取り出した

「君は私のお兄ちゃんじゃない」

何も返事は無い

「お兄ちゃんに会いたい私がつくった、」

お兄ちゃんじゃない正太。

お前は

(事故後の不安定な時に兄を求めた)

うん

(俺は実の兄の代わりにお前と一緒に居た)

だけど私は思い出して

お母さんはお兄ちゃん以外を忘れた

(罪悪感と母親に忘れられた絶望で今まで

心の支えにしていた俺を怖がり嫌悪した)

兄のことも考えずに

わがままを言った私が

兄をまた作り出して

兄に救われようとして良いのかって。

(でも俺はお前の支えで居たかった

それが存在意義で なにより

青葉とするしりとりは世界一楽しかったから)

「世界なんて..知らないくせに..」

私は俯いた 

(でも良かったよ 青葉が前に進めて

きっと青葉が忘れたころに俺は消えてる

でもそれで良いんだ 

学校行って友達と遊んで

好きな人が出来て   

自分の中のことなんて考える暇もないくらい 

色んなことのある日々を送ってくれるなら)

なんでそんな寂しいことを言うんだ

いつも粗暴なくせに

「忘れないよ 絶対に」

私は手を合わせ

祈った

どうかお父さんとお兄ちゃんが

天国で笑ってますようにって。

「何してるの?」

ドアが開くとそこにはお母さんが居た

「仏壇へ久々に手を合わせようと思って」

「そうなの?」

お母さんは部屋から出ようとした。

「お母さん まって」

「え?」

「話があるの」

そう言った時のお母さんの顔は複雑だった

色んな気持ちが混ざり合っていた

でも 一番大きそうなのは

罪悪感だった。

「..気づいてたの?」

「うっすらね いつも色んなこと忘れちゃうから 自信がなかったけど」

青葉がどれだけセータを演じても

青葉以外がお母さんに話したことは

何度かあるらしい

そんなこともお母さんは忘れてた 

お医者さんが言うには忘れたんじゃなくて

極度のストレスで覚えられないって。

カツキとケンカした話だって

仲直りしたって伝えたのは一回じゃない。

私はお母さんの正面に座り直した。

「お母さん、私は正太じゃないの」

「うん」

「私は桜木青葉 桜木正太の妹」

そこからは長いような沈黙が巡った

最初に口を開いたのはお母さんだった

「私は、まだあなたの、青葉のお母さんになれますか?」 


悩んだわけじゃない

ただ嬉しかった 噛み締めたかった

「うん 私のお母さんだよ」

今までも、これからだって

お母さんの顔を見て

肩の荷が降りたのは

私だけじゃないんだなって よくわかった

きっとお母さんは迷ってたんだね

確かな記憶を持たない自分を信じて良いのか

セータを疑っていいのか

お母さんは私に抱きついた

病院の時よりも強く

きっといつかは

今日こうやって話した記憶も

消えてしまうだろう。

でも大丈夫だって信じてる

お母さんはセータを 私を信じてる

私も信じてる 何度だってお母さんは

青葉を抱きしめてくれるって。

私はお母さんの胸に顔を埋めた。




インターホンが鳴る

学校からだ

きっとプリントを届けてくれたんだ

私はすぐに玄関へ出迎えた

「こんばんは 桜木さん」

立っていたのはスーツの人だった

お母さんより若くて

なんかヒョロっとしててなんか強そう

風道さんが来ると思ってた。

「先生?」

反応がおかしかったのか

先生?は笑ってた

「そうだね  顔合わせは初めてだね

僕は1年2組の担任 来寺 清高です。」

らいじ、きよたか?

すごい苗字

そういえば1年2組は私のクラスか 

「えっと」

「あー! プリントを届けに来たんだよ!

これ 」

来寺先生はプリントの束を手渡した。

「いつもありがとうございます。」

「無理はしないでいい 自分の気持ちに合った行動をとるのは 間違いじゃない」

自分の気持ちに合った行動。

「じゃあ また来ますから」

来寺先生は後ろを向いた

これは決めてたこと

私が私の気持ちを思っての行動。

「先生」

「ん?」

「私学校行きます。

制服とか色々時間はかかるだろうけど

絶対 必ず行きますから」

来寺先生の顔は夕日でよく見えなかった

だけどなんとなく 

驚いてた気がする。

「それが––」

「先生?」

「それが君の気持ちに合った行動なの?」

もちろん

「そうです。」

「じゃあ 

間違いじゃないね」

学校で待ってる。

先生はそう言い残すと

庭の草木に消えていった。



「行ってきます」

玄関を出ようとしたとき

「ちゃんと水筒持った?お弁当は?」

「あるよ 大丈夫」

鞄の中を広げて見せる。

「じゃあ」

「行ってらっしゃい」

お母さんの顔を見る

「行ってきます」


スカートで自転車を漕ぐのは大変だった

捲れそうで

なにより傷が見えてしまう

前テレビで見た女子高生が、足にテープを貼る意味がわかった気がした


カエルが鳴いてる

車の音がする

色んな音がする

つまり色んなものがあるってこと


自転車に乗ると不思議な気分になる

自分の体ほど自転車を信じてないから

進むのに気を使う。

だけどやってることは単純な動きで

ふと周りの風景を見てしまう

田んぼばっかりで

とてもつまらない

だけど 

つまらないを楽しめたとき

人は大人になれるんだと思う。

だから田舎はおじいちゃんおばあちゃんが

多いのかなぁ。

何気なく つまらない日々を楽しめるから。



キーンコーンカーンコーン

別に転校生ってわけじゃないから

ヌルッと教室に入れちゃう。

視線が痛い

そりゃそうだ

今まで空席だった机が

なぜか今日埋まったのだから

あの子誰?

桜木さんだよ 

知ってるの?

同じ小学校

青葉さん?

なんで急に

なんか足にあざ無かった?

ちょっと 聞こえるから。

いいよ面と向かって言ってよ

この視線がイヤで

習字教室の時間帯をズラしたんだっけ

「桜木さん?」

へ?

「風道さん?」

「学校来たんだね」

「うん これからは頑張るから」

「そっか」

何を言えばいいだろう

すぐに出るほどしき詰まってないけど

終わりって解散するほど空っぽじゃ無い

「何かあったら言ってね」

「え?」

なんで

「桜木さん 休んでる間勉強してた?」

まったく

「してません。」

「じぁなおさら授業に着いて来れると思えないよ だから分からなくなったら教えて

出来る限り教えるし 私も分からないところあるから 一緒に先生聞きに行こ」

「あ」

「え?」

「ありがとう  本当に」


「そうと決まったらさ、今日の放課後

今までの内容ざっとだけど教えれるよ」

どう?

「ごめん放課後は無理なんだ でも

ありがとう」 

「放課後何か用事でもあるの?」

うん

「習字教室に行かなきゃ」













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