第11話 初仕事
妖霧が学園都市バランティアにやって来てから、2週間後――。
夜の布袋エリア。ネオンと違法露店の明かりが雑に混ざるメインストリートの、小さな屋台。
そこで得体の知れない謎の料理を口にしながら、馬尾妖霧はため息をついた。
「なあ……副所長って言われてもよ。そもそもおれ、今回が初仕事なんだけど」
「いいじゃねえか。お前さんにしか、あの所長の相棒は務まらねえぜ。
それに、肩書ってのは、何より大事だぜ? 妖霧」
テーブルの向かいには、元地団駄団の腐敗団員――鍛冶山錬斗が笑っていた。筋骨隆々の威圧的な大男のくせに、妙に人を狂わせる色気がある。
同性として悔しいが、癖の悪い彼に女が群がるのもわかる。
今日の任務は――「バトルポイント踏み倒し野郎」の確保。
ここバランティアでは、マナ使い同士がバトルポイントを賭けて戦うのは日常茶飯事。ところがバトルで負けたくないからと、未払いして逃げる――そんなありがちなトラブルもあるわけだ。
今回はそんな未払い野郎を捕まえて、地団駄団に突き出すというのが妖霧たちの任務だ。
「それにしてもよ、妖霧」
鍛冶山がにやりと笑った。
「お前さん、所長さんとはどうなんだ? ん?」
「は? どうって……別に」
「いやいやいや、照れてんじゃねえよ。あの子かわいいし、スタイルいいし……お前のこと最近“妖ちゃん”なんて呼んでるんだぜ?
そろそろいい関係になっても、おかしくはないだろ」
「からかうな……それに、まだ会って1ヶ月も経ってない」
妖霧があからさまに赤面して視線をそらすと、鍛冶山はさらに楽しそうに肩を揺らした。
「お前さ、もっと積極的に行けよな。まずは食事に誘うとかさ。
ほら、おれさまは弁天エリアにいい店知ってんだよ。紹介してやるよ」
「誘う以前に、おれなんて――」
「ならよっぽど都合いいじゃねえか。向こうは今のところ何とも思ってねえ。だったら攻め時だろ」
「……あの、お二人さん」
インカム越しに、突然冷静な声が割り込む。
「雑談も楽しいと思いますが、ターゲット近づいてきましたよ」
「フレイヤか」
妖霧と鍛冶山は同時に身構え、通りの奥を見た。
そこには、場違いに焦った顔の風マナ使いの少年が、キョロキョロと周囲を窺いながら歩いている。
「よし、仕事だぜ妖ちゃん。行くとすっか」
鍛冶山が指を鳴らし、妖霧も気配を落として歩き出す。
――が、その時。
ターゲットの少年がビクッとこちらを突然振り向いた。
「やべ、バレた!」
鍛冶山の姿を見た瞬間、少年は全力疾走で逃げ出した。
「お前何やってんだ!」
「うるせえ! お前みたいに、気配が空気みたいに消せるかってんだ!」
二人で言い合っていると、無線のフレイヤが叫ぶ。
「どうでもいいから! さっさと捕まえてくださいよ!」
「おい! 妖霧、はさみうちだ!」
「任されよう!」
鍛冶山と分かれ、妖霧は裏路地に入ると気配を軽く調整し走り出した。だが――。
人混みの中を縫うのは苦手。敵に気配操作を使うのは得意だが、追跡はまた別問題だ。
「あいつ……足速ッ!」
「何やってんすか妖霧さん! さっさと捕まえるっす!」
頭上から声。見上げると、フレイヤが建物の屋根を跳躍しながら並走していた。銀髪を風に揺らし、褐色の脚で軽々と飛ぶ。
そのまま彼女はターゲットの行く手に飛び降り、通路を塞ぐ。
「詰みです。観念してください」
「くそっ……!」
少年は方向転換。だがその先に――。
「はい、ストップ。ここまででーす!」
あかりがいた。ピンクの髪を揺らし、腰に手を当てて立ちはだかる。
そこに鍛冶山も合流し、息を切らせながら追いついて来る。
「まったくよ……手わずらわせあがって。さっさとお縄につけってんだ」
完全な包囲。
少年は四方向全登場人物を見た――鍛冶山、フレイヤ、あかり、そして妖霧。
しかし少年はナイフを抜き、迷いなく突撃してきた。
突っ込む相手は――妖霧。
「よりにもよって、そっち行くかね……」
あかりが呆れた声でつぶやいた。
フレイヤは鼻で笑い、鍛冶山は両肩をすくめてみせる。
妖霧は、ほんの一瞬ため息をつく。
「……運悪いな、お前。一番悪い相手に突撃するとは」
影が異様な風の中で、ふわりと揺れた。
妖霧の足元から、空気が沈むような気配が広がる。
孤高独断流、奥義――陰の気配。
敵の視界から、妖霧がふっと消えた。
「え? どこ――」
聞き終える前に、妖霧の掌底がゼロ距離で少年の腹に入る。
衝撃は軽い。だが、その“気配”が相手の意識を刈り取る。
「うぐえ――ッ……!」
少年は身体をくの字に折り曲げると、空中でうずくまるような奇怪なポーズでその場に倒れた。
あかりもフレイヤも鍛冶山も、一瞬の出来事にわずかに息を呑む。
今も変わらず、妖霧は間違いなく最強の風使いである。
「よし。初仕事、終わりってことでいいか?」
妖霧が気配を戻すと、鍛冶山が肩を叩いてきた。
「さすがおれたちの妖霧! やっぱ強えな!」
「妖ちゃん、おつかれ」
あかりが近づき、笑顔を向ける。その笑顔に見られた瞬間、妖霧はまたしても顔が熱くなる。
「ま、まあ……このくらい、普通だ」
「まーた、赤くなってる。所長に弱いのだけは、何とかならないっすかね」
フレイヤの無表情なツッコミが追い打ちをかけた。
「……初仕事で、ちょいと熱くなっただけだ!」
妖霧が苦しい言い訳をすると、またまたーとあかりが彼に腕を回して肩を組む。
そうなると妖霧はますます赤面し、誰から見ても好意は明らかになっていた。
とにもかくにも――こうして妖霧の“副所長としての初仕事”は、やや情けなく、しかし確かな一歩として幕を閉じたのだった。
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