反戦歌

箔塔落 HAKUTOU Ochiru

反戦歌

 その曲は、国民的シンガーソングライターのヒット曲というわけではなかった。12曲入りのオリジナルアルバムの7曲目に位置するバラードで、4分にも満たない短い曲。シングルカットもされていない。けれども、その国民的シンガーソングライターのライブのトリを飾るのは、いつからだろう、いつだってその曲になっていた。

 歌詞のテーマは、だれが聞いてもわかるとおりの「反戦」。先鋭的というよりは普遍的なテーマであり、その普遍性に似合うようにか、歌詞もその国民的シンガーソングライターにしては珍しく、趣向を凝らしたものというよりは、平易なことばで綴られたものだった。あるものはその姿勢に感涙し、あるものは甘っちょろいと馬鹿にした。そういう風の声が聞こえないのか、あるいは聞こえたとしても耳を傾ける気がないのか、その国民的シンガーソングライターは、ときにはバンド編成で、ときにはギターの弾き語りで、ときにはアカペラで、反戦歌を歌った。

 あなたのライブはなぜ、いつもあの反戦歌で終わるのですか。

 ある雑誌のインタビューでそう問われた国民的シンガーソングライターは、こう応えている。

 わたしの歌がどれだけ消費されても、わたしが歌い続けていれば、なくなることはないでしょう?

 もちろん、口にされた言葉がすべて真意とは限らない。けれども、仮に何かを糊塗するものであるとするのなら、糊塗されたものはそれはそれとして必ずや意味を帯びる。すなわち、この国民的シンガーソングライターの発言を踏まえ、かつ、やや大袈裟かもしれない言い方をするのならば、この国民的シンガーソングライターは、「戦争の悲惨を語り継ぐ」ために反戦歌を歌いつづけていた、ということになる。

 そうして、件の反戦歌がリリースされてから10年の月日が経過した。10年のあいだで、ときにゆるやかに、とき激しく、世情は変化した。ここ数年はとみに、「激しく」世情が変化した折だった。かつての戦争以来の極右政権がこの国に誕生し、排外主義があたりまえのように人の口にのぼるようになり、少しでも「国民」としての正規ルートを外れているものには、容赦のない差別が浴びせられる。ひどい時代だ、嘆く声すら、「愛国者」のシュプレヒコールによってかき消された。

 そんな中、ひとつの事件が起こる。その国民的シンガーソングライターのルーツが、この国でとりわけ差別される民族にあることが発覚し、それが「スキャンダル」となったのだ。ちょうど国民的シンガーソングライターのデビュー20周年記念ライブツアーがとどこおりなく終わった折だった。信じられない。騙された。国へ帰れ。国民的シンガーソングライターのSNSのアカウントには罵詈讒謗が容赦なくコメントされ、一部の良識あるひとびとの反論は、皮肉なことに、かえって憎悪の呼び水となった。

 ライブツアー終了の御礼のあと、しばらく沈黙していた国民的シンガーソングライターだったが、「スクープ」から5日後、ふいにSNSに1本の動画をアップロードする。言うまでもないかもしれない。それがこの国民的シンガーソングライターの「反戦歌」であったことなど。

 国民的シンガーソングライターの歌う「反戦歌」が、アンチを鎮静化することはもちろんなかった。それどころか、アンチ――自称「『善良』な国民」と換言してもよいかもしれないが――はますますヒートアップした。下手くそ。耳が腐る。おまえが国に帰ることが一番の反戦。けれども、国民的シンガーソングライターは、コメント欄を閉じることはなかった。それどころか、翌日にもおなじ「反戦歌」をSNSにアップした。その翌日も。さらにその翌日も。そうして今日もまだ、国民的シンガーソングライターは、反戦歌をアップロードしつづけている。

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