二の導 肩に乗っけてどうしたの

高見高校、とある空き教室。


楽久は昼食を片手に持ち、普段から昼休みの時間に使用しているこの場所に来ていた。

建付けの悪い戸をやや力を込めて開ける。登校中からある肩凝りのせいか、余計に顔をしかめてしまう。

僅かに埃っぽい室内。昼頃に分、電気をつけずとも過ごせる環境。


ただ、そこに何故か。


「よぅ、らっくん。ここ空いてるぜ」


袴姿の長身――――夕日がいた。


「……」


絶句。

無理もない。まさかひょんなこととは言え知り合いとなった人間(半人半霊)が、自分の通う学校にしれっといたのだから。


「……なんでいるんですか、ここ学校ですよ」


困惑を隠す素振りもせず楽久は眉間にしわを寄せる。

それに対して、夕日は擬音交じりの説明を返した。


「ちょいとばかし暇だったから、すい〜っと霊体化して学校探検?ってのをしてみたワケ。そしたららっくん見つけたから、昼時とかに会えねぇかなーと思って、とりあえずどこで飯食うかもわからんし万が一見つかっても面倒なのでここにちょこんと座って待ってました」


楽久は聞き終えてすぐ夕日の足の方を見た。

世間一般的に可愛らしいの判定を受ける『ちょこん』で語っていたが、実際の様子はあぐらである。


「その座り方だとどっちかといえば『ドカッ』です。行儀悪いんでやめてください」


苛立ちと呆れを程よい比率で混ぜたような声で発する。


「と言うか、半人半霊って霊体にもなれるんですね。学校に不法侵入はいかがなものかと思いますけど」

「ぐ……。それはまぁ、はい。けど、ンな事言ったら――――」


楽久の小言に夕日は気まずそうな顔をする。だがその後に言葉を続けスラリとした人差し指で楽久の方、正確には楽久の左肩のあたりを指した。


「そこな霊だって不法侵入じゃねーの?てか、ンなの肩に乗っけてどうしたの」


指し示すその所には、くたびれた顔と同じくくたびれたスーツを着た男の霊がいた。

男の霊は霊特有の薄青をまとって、人見知りの子供のように楽久の後ろに隠れている。

軽く首を傾げながら夕日が問うと、楽久は疲弊しきったため息をついた。


「この霊、登校中からずっとくっついてるんですよ。視界の端っこにチラチラ映るわ左肩だけ異様に肩凝りがひどいわで、とりあえず離れてほしいんですよ」

「成程。そんな時に俺がいたと」


楽久の話に相槌をうち、夕日は視線を霊の方にずらす。

霊は視線に気づくと、さらに後ろへと姿を隠す。


「まぁでも、夕日さんがいるなら離れてまた彷徨う事がない方法が取れますし。ということでこの方の霊導お願いします」

「うわ凄い簡単に言うじゃん……。できるけども」


楽久の発言に苦笑をこぼしてから、夕日は隠れ中の霊に声をかけた。


「お兄さん。まァ、そんな訳なんで霊導すんのと、個人的に聞きたいことがあるから出てきてー?」


気は抜けたような口調と共に手招きすると、霊は恐る恐る顔を出して様子をうかがう素振りを見せる。

その間も夕日はずっと手招きをし続け、やがて霊はおどおどと、というよりはふわふわと、楽久の後ろから出てきた。


「……あの、えっと……」


霊は二人の前に出ると、どこか挙動不審な様子になる。

彼に対して夕日は「さっきも言ったけどさ、霊導する前に一個聞いていい?」と前置きして、二秒程神妙な顔をしてから口を開く。




「――――何でらっくんの肩にずっとつかまってたの?」

「……へ?」


思わず霊は腑抜けた声を発する。

それと同時に


「いや何でそこが気になる?!」


と、楽久が叫んだ。


「いや、だって気にならない?霊が人の周りにいるのは多いけど、あんな肩にキュッってつかまってるの俺初めて見たよ?」

「ボクもこれが初めてですよ!と言うか、聞きたいことそれですか」

「うん」

「せめてもう少し『死んだの気づいてる?』とかそういうのを聞け」


楽久の指摘に夕日がのほほんと返す。それに少しばかり目の下を引くつかせていると、霊がそっと手を挙げる。


「――――――――――です……」

「え?」

「おん?」


うまく耳に入らず聞き返す。

すると霊は恥ずかしそうに下唇を噛んでしばらく黙ったあと、再度口を開いた。



「この子の肩の掴み心地がすごい良かったんです……」



浮いたままではあるが、縮こまった様子の霊。

彼の言葉に、楽久も夕日も不思議そうな顔をして固まる。

わずかな沈黙の後、夕日は何を思ったか楽久の両肩を掴む。


「ほんとだ。らっくんの肩ちょー手の収まりがいい。しかもなんかあったけー湯飲み茶碗触ってるホッコリ感がある」

「やめてもらっていいですか」


淡々と言い放ち、がっしりと自身の方を掴む手を腕ごと掴んで離れさせる楽久。

夕日は両手を開いては閉じてを繰り返すと、自分の方のつかみ心地と比べたいのか首を両側から押さえるにも近い形で自身の肩に触れる。

そして何度か小さく唸って、また楽久の肩をつかもうとしだしたので、楽久はその前に夕日の手を払い除けた。


「らっくんお願い、あと一回たんの……掴ませて」

「今堪能って言いかけたろアンタ」

「でもこれはお兄さんがずっとつかんじゃうの分かるやつだから!ほれ見ろお兄さんめっさ頷いてるぞ」


そう言われて楽久が横を見ると、先ほどからのおどおどした様子はありつつも、頭を縦に振っていた。

なんでだよ、と内心で怒りをあらわにする。肩こりの原因の霊と半人半霊にそんな褒められ方(褒めているのかは微妙だが)をされても、大して嬉しくないのはごもっとも。

いまだ痛みは残る肩をさすりながら、楽久は霊の方に体を向け問うた。


「そもそも、どうしてボクの肩なんか掴もうって思ったんですか」

「それはその……。何となく良さそうだな〜、と思って」

「何となく、で人の肩をつかまないでください」 

「それはごめんなさい…………」


霊が力なく頭を下げる。夕日が「分かる〜」などと言い始めて、楽久は思いっきり睨みつける。

ご立腹の視線に気がついて、夕日は話を切り替えようと両の手を叩いた。


「とりあえず聞きたいことは聞けた訳だから、今からお兄さんの霊導を始めるとするけど、お兄さんそれで大丈夫?未練とかない?」


気楽な様子で進める夕日と、「普通それを聞くべきだったのでは」と胸中で思う楽久。


「あ、はい。霊導が何なのかはよくわかりませんけどよろしくお願いします。未練も特にありませんし」


霊も先程よりしっかりと喋るようになって、夕日が「よしそれじゃ」と言う。

しかしすぐ何かに気づいたように顔になって、楽久を呼んだ。


「そうだらっくん。らっくんにはこれから俺の手伝いで見ることも多くなるであろうものを見せとくわ」


そう言って夕日はいつかの様に懐から一枚の板の様なものを取り出し、楽久に手渡す。

以前はよく見えなかったが、近くで目に映してそれが何かを理解する。

手にしていたのは、閉じた門の模型。


「……これ、この前夕日さんが少女霊に使ってたやつですよね」

「そう。導き屋の仕事道具、通称は空門。霊にそれを当てりゃ霊界に送れる。産地直送新鮮なままな」

をスーパーの野菜みたいに言うな」


夕日の軽口にツッコミを返しながら、楽久は空門を隅々まで見る。

その時、空門の裏面を見て、書かれていた文字を口にする。


「『九三』……?」

「あ、それは俺があと何人霊導せにゃならんかの人数」

「てことはあと九十三人……。多すぎやしませんか」

「罰受けたあともすげーのんびりやってたからね俺」

「お馬鹿……」


舌をぺろ、と出す夕日に呆れて、楽久は空門を返す。

その横で、霊が「霊導とやら、しないんですか〜……?」と弱々しく聞いてきたので、夕日はハッとしたように霊の方に向き直った。


「んじゃ、まぁ。だいぶ話がブレッブレに逸れたけど、霊導始めますかね」

「……ちなみに霊導ってどんな感じなんですかね」

「あー、別に痛いとかないから安心して。感覚的にはそうだな……。一仕事終えたあとに飲む麦茶って感じ」

「通じるのかその表現」

「すっきり、的な感じですかね」

「そうそれ」

「伝わった?!」


驚きを示す楽久をよそに、夕日は霊に空門をそっと当てる。

すると先日の少女の様に、霊の体が淡く光り始め光の粒も舞い始める。

ゆっくりと足のあたりから透け、間もなくして霊の顔のあたりまでが光となる。

ふと霊の顔を見れば、始めの頃の臆病な様子はすっかり抜け静かな寝息を立てる子供のような穏やかさがあった。

やがてそれも透けて消え、霊は空き教室から姿を消した。


「……やっぱり、不思議な感覚になりますね。何ともいえない寂しさっていうか」

「そういう感覚は大事にしといたほうがいいぜ。命を大事にしてる証拠だ」


霊がいた場所を見つめて、そっと呟く楽久。

懐に空門をしまって、夕日はぐっ、と伸びをする。


丁度そんな時、ふと気になって時計を見ると針が昼休み終了の十分前を指していることに気づき、楽久ははっとする。


「うわ、時間やばい。夕日すいませんボク時間ないんで今からご飯速攻で食べたら教室戻ります」

「えー、雑談しよーぜ雑談。てかいっそのことサボれば?」

「大人が学生にサボりを推奨するな。というか夕日さんみたいにサボって罰――ボクの場合は先生からの説教とか受けたくないんで」

「ひどくない……?」


その後、楽久は本当にものの数分で食事を終え、うざ絡みしてきた夕日を最終的には蹴り飛ばして教室へと戻っていった。





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夕日の霊導記 椿カルア @karua0222

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