第2話 ― 恋と運動会と、地獄のリレー ―

保育園の朝。

藤原みのりは、園庭に立って絶望していた。

「……なんで私、リレーの練習に出てるんだろう。」

運動会を控え、職員もリレーに参加することになったのだ。

しかも、主任の「若いんだから当然でしょ?」の一言で、みのりはアンカーに抜擢された。

「体力は気力で補うのよ、藤原先生!」

(それ、ブラック発言だと思うんですけど……)

隣で笑うのは、体育担当の桐谷先生。

背が高く、スポーツマンタイプ。

「藤原先生、バトン渡すのはこう。手を後ろに出して――」

と手を取られ、ドキッとするみのり。

(な、なんか近い! 汗の匂い、いい匂いする……って何考えてんの私!)

その瞬間、主任の声が飛んだ。

「そこ、何青春してるの!?」

「ち、違います! 指導です!」

「指導でも距離感は守りなさい!」

――園庭に響く怒声。子どもたちはぽかんとしていた。

午後は、紅白チームの衣装づくり。

「先生〜、赤いリボンどこ〜?」

「先生、のりがない〜!」

「先生、はさみが床にささった〜!」

(なぜ戦場に突入したのか、記憶が曖昧。)

職員室に戻ると、同僚の山口先生がにやにやしていた。

「ねぇねぇ、桐谷先生と仲良いじゃない?」

「えっ!? な、なに言ってるんですか!」

「だって、手つないでたじゃない。園児も見てたわよ〜。」

「……指導です!」

「まぁまぁ、恋のリレーも悪くないわねぇ。」

(誰がうまいこと言えと。)

その夜。

書類の山に埋もれながら、みのりはペンを止めた。

「……恋とか、してる場合じゃないんだけどなぁ。」

机の上には、運動会の案内プリント。

“今年のテーマ:みんなでゴールをめざそう!”

(大人こそ、ゴールが遠い。)

ふと、隣の席の桐谷先生が声をかけた。

「残業ですか? 頑張りますね。」

「先生もですか?」

「まぁ。子どもたちの笑顔、守らなきゃですからね。」

その笑顔に、またドキッとする。

(いやいや、これはただの疲労による錯覚。うん、きっとそう。)

運動会当日。

太陽はやる気満々。子どもたちはテンション最高潮。

「せんせー! がんばってねー!」

園児の声援を背に、みのりは走る。

バトンを握る手が汗で滑りそうになる。

(私、何のために走ってるんだろう……)

桐谷先生が笑顔で手を差し出した。

「みのり先生、バトン!」

思わず彼の名を叫ぶ――

「桐谷せんせーー!!」

歓声と笑い声が園庭を包む。

結果はもちろんビリ。でも、園児は大喜び。

「先生、がんばったね!」

「先生、かっこよかった!」

「先生、転んでたけど!」

(最後のいらない!)

汗だくの中で、桐谷先生がつぶやいた。

「藤原先生、打ち上げ、行きませんか?」

みのりの心が一瞬だけ、保育園の青空みたいに晴れ渡った。

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