3 アウトローの影


 海龍島ハイロンダオの地下部『ダンジョン』は物理的に明暗がくっきりと分かれている。


 人工太陽光ライトが復旧している箇所と、そうでない箇所ではその明るさがまるきり違っているのだ。


 光が強ければ闇が濃くなる、とはよく言ったもので、海龍島ハイロンダオの地下では暗闇がより濃くなっているように感じ、その闇に良からぬ存在が潜んでいることも多い。


 では、この『強い光』というのはどうやって生み出されているのか。


 当然、人工太陽光を作り出すライトというのは、それなりにエネルギーを要求してくる。


 陸地から断絶された海龍島ハイロンダオでは、そのエネルギーを作り出すのも大変なのだが……その問題を解決するための糸口というのは、海龍島ハイロンダオでは身近に落ちているモノだった。



 緑氷玉リュービンチウである。



****



緑氷玉リュービンチウバッテリー接続。ドローン起動しました』


 縦横五十センチほどのボディを持ち、それを浮かせるだけの浮力を発揮するプロペラがフィーンと音を立てて高速回転を始める。


 蛍人イィンレンのパーティに対し、組合から支給されるレンタルドローンは、基本的には自動でパーティメンバーを追跡し、その行動を映像として記録している。


 これは遭難者がどこで消息を絶ったのか、というのを知る術にも繋がっており、遭難者救助のために役立つ他、新人蛍人イィンレンの教材としても重宝されており、蛍人イィンレン緑氷玉リュービンチウを採取する際の手順なり、危機回避の方法なりを映像記録として保存、または配信しつつライブ授業として扱ったりしているとかなんとか。


『カメラ起動。映像を記録し、クラウドにバックアップを残します』

「はいはい。しっかり撮っておいてくれよな」


 ドローン下部についているカメラに手を振りつつ、チバは周りを窺う。


 三人がやってきたのは海龍島ハイロンダオ地下二層の南東部。

 現在地は人工太陽光ライトが復旧しており、外と変わらぬ明るさを維持している区画だ。


「ここだけ見ると、普通の街の様に見えるんだよな……」


 チバが呟く通り、人工太陽光に照らされた区画は、パッと見で地上部の街と遜色ない様子に見える。


 詳しく様子を窺えば建物が劣化していたり、道などにもところどころ破損が発生していたりと、ゴーストタウンの様相ではあるのだが、それでもまだ、人の営みがあった名残のようなものは感じられる。


 実際、海龍島ハイロンダオが本格的に運用される直前や、運用され始めた直後などには地上部から三層までは人が住み、テスト的に生活が営まれていたらしい。


 それが今では海龍島ハイロンダオ建設時よりも大変な工事現場と化しているのだから、ふしぎな話だ。


「君たちが激光女士ジーグォンニューシーのパーティか?」

「え、あ、はい!」


 急に声をかけられてそちらを見ると、禿頭とくとうの大男がそこにいた。


 いかつい顔立ちをしており装備はガッチガチの重武装をしているものの、表情や声音は柔和で、どこか感じの良い印象を受ける。


 大男はチバやヨンジュンを放って、レイファンへと近寄り手を差し出す。


「噂に聞く凄腕術士シューシーと会えるのは光栄だ」

「え、えと……」

「私はここら一帯の復旧を請け負ったパーティのリーダー、ウェイだ。よろしく頼む」


 ニカッと笑うウェイに気圧され、レイファンは彼の手を取って握手を交わす。


 その様子を見て、チバもヨンジュンも『またか』と何度も見た光景をフラッシュバックしているような気持ちであった。


 レイファンは蛍人イィンレンの中でもかなり特異な存在でもある。


 年齢が若く、多くの緑氷獣リュービンショウを討伐した実績を持つ上、割とビジュアルが良い。


 そのため、レイファンのファンというのはものすごく多い。


 激光女士ジーグォンニューシーというのも、周りが囃し立ててつけたあだ名のようなものだ。意味としてはレーザーレディみたいな感じである。


 おそらく、ウェイもレイファンのファンの一人で、それを隠そうともしないタイプの人間なのだろう。


 レイファンとしてはアイドルのような扱いに対し、嬉しく思いつつも気恥ずかしさが勝つようで、これまで彼女のファンと接近遭遇してまともに応対できたことはない。


 そのため――


「はいはい、握手会ならまた別に設けますのでね。アイドルにお触りは厳禁ですよ」

「おっと、これは失礼」


 やたら長い握手を断ち割るようにチバが二人の間に入り込む。

 レイファンは内弁慶的な気質があり、チバやヨンジュン以外の人間を相手にする状況では固まってしまう事もままある。


 そう言う時のためにチバは割と便利であった。


「半年も一緒にいる俺らだって握手の一つもまともに出来ないのに、他のパーティの人間にやられちゃ困りますよ」

「はっはっは、それはすまなかった。私も彼女のファンでな、ついテンションが上がってしまった」


 チバは本人の雰囲気がそうさせるのか、他人とのコミュニケーションがそこそこ上手い。


 初対面の相手でも臆せず会話が出来るし、角が立ちそうな場面でもジョークを交えて立ち回る事が出来る。逆にパーティに不利益な事がある雰囲気を感じ取れば頑として立ち向かう胆力もあり、交渉の剛柔どちらにも対応出来る。


 そのおかげで他のパーティとのコミュニケーションエラーを解決出来た事も数例では済まない。


「それで、ウェイ氏。今回の仕事について話が聞きたい」


 チバがウェイを引きはがした後、ヨンジュンが仕事の話を進める。

 理知的なヨンジュンはビジネスライクの話をするのに向いており、彼のドライな態度というのは仕事の話をする上でも信用を得やすい。


 気を取り直したウェイも、咳払いを一つ挟んだ後、柔和な笑みを引っ込めてキリっと真面目な顔つきになった。


「そうだな。端末は持っているか?」

「ああ、ここに」


 ウェイに言われ、ヨンジュンはタブレットを取り出す。


 これもドローンと同じく、組合からパーティに支給された物資の一つで、海龍島ハイロンダオの基本的な情報がインストールされている事もあり、ダンジョンを歩く際には重宝するアイテムだ。


 ウェイの方もタブレットを取り出し、付近の地図を表示していた。


「今回、君たちに作業を担当してほしいのは、この区画だ。目印として白九龍パイクーロンのデパートの建物がある。床下部にあるメンテナンスダクト内で修理作業を頼みたい」

「それは構わない……が」


 仕事内容は真っ当すぎるほどに真っ当だ。

 だが、だからこそ引っかかる。


「それを俺たちに頼む、ということは、何か理由があるんだろう?」


 中規模パーティであれば、チバたちに協力を求めずとも、近所の復旧作業であれば問題なくこなせるはずだ。


 にも拘らず、組合がパーティの都合を考えず、強引にクエストをねじ込んでくるような事態となっているのには、間違いなく裏がある。


 それを看破され、ウェイも困ったように笑った。


「ま、お察しの通りさ。……近くに蛍盗イィンダオが潜んでいるらしい」


 蛍盗イィンダオというワードが聞こえ、チバたちにもピリッとした空気が漂う。


「……チバ、今アイツ、蛍盗イィンダオって……」

「ああ、間違いなく俺も聞こえた」


 レイファンが耳打ちしてくるのに、チバが頷いて答える。


 蛍盗イィンダオというのは蛍人イィンレンの中でも賊へ堕ちた人間たちの事を言う。


 組合を通して真っ当な仕事をするのをいとい、勝手にダンジョン内で緑氷玉リュービンチウを乱獲して裏ルートで売りさばいたり、作業中の人間を襲って金品を巻き上げる行為を繰り返している。


 どこの世界でもはみ出し者というのは発生してしまう。海龍島ハイロンダオでは蛍盗イィンダオこそがそのはみ出し者というわけだ。


 剣呑けんのんとした空気を感じたチバたちを見て、ウェイはしかし笑って手を振る。


「あー、勘違いしてほしくないんだが、君たちに荒事を頼もうってわけじゃない。最初に言った通り、君たちには復旧作業を行ってほしいんだ。蛍盗イィンダオはこっちでなんとかする」

「……そのためにウェイさんも武装してるってことか」


 チバが推察するのに、ウェイは苦笑していた。


 少人数であるチバのパーティに対応するのが中規模パーティのリーダーであることも不自然であったが、比較的安全な区画でガチガチに武装しているという状況も不自然だった。


 多分、ウェイはこの後すぐに蛍盗イィンダオが潜んでいると思しき場所に赴き、戦闘や指揮を行うのだろう。


 後方で準備を整えるついでに、チバたちに説明を行ってくれたというわけだ。


「数日前に蛍盗イィンダオとの戦闘があってな。それでパーティメンバーが帰還せざるを得なくなった。それで発生した欠員を君たちで補おうって事だな。……まぁ、組合から激光女士ジーグォンニューシーのパーティが斡旋されるとは思ってなかったけどな」


 そう言って、ウェイはレイファンに向けて笑顔を見せる。どうやらレイファンのファンであるというのは嘘ではないらしい。


 困った様子のレイファンを背中に隠すようにウェイの視界を塞ぎつつ、ヨンジュンはタブレットをしまって大きめに咳払いをする。


「ゴホン、仕事は承った。そちらも蛍盗イィンダオへの対応、無事を祈っている」

「はは、それはありがとう。君たちも後方は私たちに任せ、安心して仕事をこなしてくれ」


 ドン、と胸を叩くウェイを見て、三人はなんとなく安心感を覚えつつ、仕事のための準備を進めるのだった。


 と、その時。


「おや……」


 その場にいた全員の耳に、遠くから響く重低音が聞こえてきていた。

 これは、どこかで建物が崩落する音である。


 海龍島ハイロンダオ地下ダンジョンでは、建物の崩落というのは実はよくある現象であり、崩落音が聞こえてくるのも珍しいというほどの事ではないのだが……。


「仕事にケチがついたな」


 それを聞いてウェイは隠さずに顔をしかめた。


 蛍人イィンレンの間では、崩落音が聞こえると悪い事が起きる、なんて噂がまことしやかにささやかれているのだ。


 しかし、ウェイの顔を見てチバが彼の肩を叩く。


蛍盗イィンダオに対する凶兆だと思えば、なんてこないでしょう」

「……ものは考えようだな」


 楽観的なチバの物言いを聞いて、ウェイも苦笑していた。

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