2 組合から無茶振り


 海龍島ハイロンダオは東アジア経済連合が海底の地下資源を掘削するために作った人工島である。


 かつて日本海と呼ばれた、中央海にぽつんと存在しているこの島は、水深千メートルを超える海中に、巨大な柱のようにそびえ立っており、その内部には人間が活動可能な空間がつくられている。


 だが、今はその空間も安全に歩ける場所とは呼べなくなっていた。


 緑氷玉リュービンチウ緑氷獣リュービンショウ、そして人間の中のはぐれ者。


 それらが暗がりに潜む海龍島ハイロンダオ地下部は、そこで活動する蛍人イィンレンから『ダンジョン』とも称され、命がけの危険と共に、一攫千金の埋もれる場所として扱われていた。



****



 海龍島ハイロンダオの中でも最も安全な場所とされているのが地上部。

 全体的に人間の営みが保証されており、島外とも連絡が取りやすい場所である。


 そこには街と呼べる程度に施設が立ち並び、自治体が運営している公的機関も存在している。


 海龍島ハイロンダオは東アジア連合の管轄施設でありながら、諸般の理由により連合政府から正規の人間が運営に介入することは難しいため、警察や病院などの機関も海龍島ハイロンダオの自治体が独自に運用しているという状況にある。


 そのため、自治体というのが海龍島ハイロンダオに置ける実質的な政府と言っても良かった。


 そんな自治体の運営している機関に『蛍人イィンレン組合』と呼ばれるモノがある。


 これは蛍人イィンレンと呼ばれる海龍島ハイロンダオで活動している労働者の互助会であり、海龍島ハイロンダオ内で起こる様々な面倒事を解決するための実行力でもあった。


 蛍人イィンレンの仕事内容は警察的機関の補助であったり、インフラ整備であったり、緑氷玉リュービンチウの回収であったり、島内地下部『ダンジョン』の健全化であったり、多岐にわたる。


 そのため、あらゆる適性を持った蛍人イィンレンが組合に所属し、自分たちに見合った仕事、『クエスト』を受注し、それをこなす事で対価を得て生活している。



****



「いや、俺らは緑氷獣リュービンショウの討伐報告をしに来ただけなんスけど?」

「ですから、そのついでにクエストの受注を頼みます、と」


 組合支部が置かれる建物、その受付ロビーにて、チバが受付担当の女性に対しひきつった笑みを浮かべる。


 対する受付嬢はいつもと変わらぬテンプレートな微笑みを顔面に張り付けて応対していた。


「現在、二層での仕事を頼めるのはヨンジュン氏のパーティくらいしかいないのです。小回りの利くあなたがたパーティは組合としても大変貴重な人材として認識しております。ですから、クエストの受注をお願いします」

「貴重な人材だと認識してるなら、もっと大切に扱ってくれませんかねェ? こちとら、数時間前に戦闘こなしてんの。疲れてんの」


「ええ、ですからクエスト期間も長めに設けています」

「そういうことじゃなくてェ!!」


 食い下がるチバと、ほとんど引かない受付嬢。

 二人の口論が終わらない事を悟ると、後ろからヨンジュンが呆れた顔をして割って入ってきた。


「チバ、やめろ。組合に楯突いても良い事はない。それに受付係にも責任はないだろう」

「つってもヨンジュンよォ……」


「俺は構わない。チバとレイファンさえ良ければ、クエストを受けたいと思う」


 そう言われてしまっては、チバから返す言葉もない。


 何故ならチバにとってみれば、ダンジョンで戦闘になるというのは『あって当然の出来事』である。つまり、先ほどの緑氷獣リュービンショウとの戦闘というのも、想定の内ではあるという事だ。


 大型の緑氷獣リュービンショウと出くわすというのは珍しい事ではあるが、熊の緑氷獣リュービンショウとの戦闘は比較的簡単に対処出来たお蔭か、疲労度で言えばそれほど重くはない。全力疾走の疲れというのも、少し休めば何とかなるだろう。


 レイファンにとってもそれは同様らしく、特に反論を挟んでくるわけでもない。

 チバは二人の様子を確認した後、渋々と言った態度でもう一度受付嬢に向き直る。


「報酬もしっかり上乗せしてくれるんでしょうね?」

「ええ、もちろん。相場の二割増しです」


 受付嬢が笑顔で差し出してくる契約書を、チバはふんだくるように受け取った。



****



「良いのかよ、安請け合いしちまって」

「……言っただろ。組合に楯突いても良い事はない」


 組合支部から帰る道すがら、チバが尋ねるのに、ヨンジュンは先を歩いて振り返りもせずに答えた。


 ヨンジュンの得意とする技能は、主に島内施設の健全化である。


 海龍島ハイロンダオは現在、大規模な事故に巻き込まれており、ダンジョン内はインフラがあらゆるところで断絶されていて、そのせいで人工太陽光を発するライトもまともに運用できていない状況にある。


 ヨンジュンを始め、健全化を専門に行っている蛍人イィンレンは、ダンジョン内の床下や壁の中に入り込み、配線などを繋ぎなおす工事を行っているのだ。


 これには特殊な技術と知識、そして装備を用意しなければまともに仕事が出来ないため、専門職として技術者が重宝されている、というのは受付嬢がヨンジュンの事を『貴重な人材』と話した通りである。


 また、危険地域でもある二層以降に潜れる程度の練度を有しているパーティもそれほど多くなく、どちらの要素も満たしているチバたちのパーティは、結構引っ張りダコなのであった。


 だが、だからと言って馬車馬のように働かされていては身体が持たない。


 蛍人イィンレンも人間である。その身体に疲労やストレスが累積し、限界を超えてしまえば壊れてしまう。


 専門職の頭数が減るのは組合としても損失であろうし、無茶な仕事振りはしないと思っていたのだが……。


「仕事内容を確認してみたが、二層の南東部、既に中規模パーティが復旧作業に取りかかっている区画の補助だそうだ。これなら俺たちの負担も軽いだろう」

「そうだと良いがな。……レイファンは言う事ないのかよ?」


 黙って後ろをついて来るレイファンに対し、チバは意見を求めて振り返る。

 しかし、当のレイファンは自分に話が振られるとは思っていなかったようで、目を丸くしていた。


「あたし? あたしは別に、相応のお給金さえもらえれば文句はないけど? 実働はほとんどヨンジュンだろうし」

「お前には大事なパーティメンバーを労わってやろうという気はないのかね?」


「だってヨンジュンが良いって言ってるし」

「……はぁ、そうですか」


 パーティメンバーの中でも最年少、しかもまだ二十歳にもなっていなさそうなレイファンではあるが、その反応はかなりドライなモノである。


 とは言え、彼女としても別にどうでもいい、と思っているわけでもないのは、半年ほどパーティ活動をしていて理解出来るようになっていた。


 レイファンが言いたいのは、ヨンジュンの意見を尊重しているだけ、という話だ。

 彼がそうしたいという事を無理に捻じ曲げる必要はないと考えているだけである。


 仮にそれでレイファン自身が不利益を被るのであれば話は変わるだろうが、そうでないならテキトーに、という事なのだろう。


 そんなレイファンの態度に、ある程度諦めの意味を込めて、チバはため息を吐く。


「ま、パーティの三分の二が前向きなら、俺が反対することもないけどよ」

「そうよ。アンタなんて荒事がなければ散歩するしかないんだし」


「ばっ! ぷじゃけるなよ、小娘が! 俺が哨戒しょうかいすることで接敵が未然に防げてだなぁ!?」

「あーはいはい。じゃあ次の仕事も頑張ってね」


 チバの反論を話半ばで強引にへし折りつつ、レイファンは自分の寝床に向けて道を逸れて行った。


 三人はパーティメンバーと言っても、所詮は他人の男女三人。同じ寝床に詰めているわけではない。特に女性であるレイファンは、『男二人と同じ宿なんて絶対イヤ!』と断固拒否の構えであり、さらには『アンタたちに寝床の場所なんか教えるわけないでしょ、キショ』とまで吐き捨てる始末。


 未だにチバもヨンジュンも、レイファンがどこで寝泊まりしているのか知る由もない。


「レイファン! 集合は明日の朝六時、南東シャフト前だ!」

「あーい」


 去り行くレイファンの背中に、ヨンジュンが最低限の連絡事項を送る。


 レイファンは振り向く事もなくヒラヒラと手を振って、向こうの角を曲がっていってしまった。


 返事をしたので、了解したものだと思おう。


「さて、チバ。これからどうする?」

「俺は消耗品の補充をして、明日に備えて寝るかな」


「ならここで解散だな。明日も頼む」

「こっちのセリフだ。次はお前が仕事の要なんだからな。しっかり頼むぜ」


 そんなこんなで、一行は散り散りに街の中へと消えていくことになった。

 あっさりした関係だが、蛍人イィンレンのパーティというのは、案外どこでもこういうものであった。

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