8話 照りし太陽、滴る汗水

〜アーロス視点〜



確か訓練が始まって、3カ月目のときだったと思う。

アルディーティ郊外に存在するアルゴンヌの森については、先に話しただろう。

レッサードラゴンが大量発生していたあの森である。


その森はもともと魔物が発生しやすいらしく、雑魚からダンジョンボスレベルのものまで、様々な魔物が日々闊歩している。

原因は不明だが。


さて、そんな魔の森だが、たびたび魔物が溢れてくる。

溢れた魔物は、その習性により人間がいる場所…つまりここアルディーティを目指す。

これを「魔物氾濫」、略して氾濫と呼ぶ。そのままの呼び名だ。


そして、たまたまその日、氾濫が起こった。



ーーー┃ーーー



「総員起きろ!直ちに戦闘準備!」

早朝、いつものようにティルマンの大声で起床する。

だが、なぜか末尾に戦闘準備命令が含まれている。しかしこれが初めてではないので、奇襲訓練かな?と思いつつ着替えて魔法杖を装備した。

訓練どおり、館の玄関ホールに集合する。

全員が集まると、イリス様が説明を始めた。


「魔物の氾濫だ。前々からアルゴンヌの森でレッサードラゴンが多々現れていたのは諸君も承知だろうが、そのせいか今朝魔物氾濫が確認された。一路このアルディーティを目指している。冒険者どもも出張ってくるようだが、丁度いい機会だ。あのゴロツキどもに諸君らの腕前を見せつけ、度肝を抜いてやれ。朝食を摂ったらすぐトラックへ!食いすぎるなよ!」


しばらくして、袋が配られた。これは非常用の戦闘食で、中には大人が1日活動できるだけの栄養やカロリーが詰まっている。

味は……言葉にし難いが、不味くはない。うん。


さて、袋の中身を平らげると、外へ出て新しくイリス様が作ったとか言うトラックへ乗り込んだ。

曰く、職人と話し合って作った、魔力で動かす魔導具の一種らしい。空気中の魔素を無理やり凝縮して固形化し、それを溶かして液体魔力にすることで活用してるとかなんとか。


しばらくすると、先発のトラックが発進した。私が乗っているのは3番目のトラックだ。

…ん? どうやらイリス様とティルマンも出撃するらしい。2番目のトラックに乗り込んでいる。珍しいなぁ。


「おい、アーロス。緊張は無いか?」

「レックス。まさか、そんな訳無いだろう?むしろ今すぐ魔物どもに魔法を浴びせたい気分だよ。」

「ははっ!やる気十分、か!」

隣のレックスが話しかけてきた。…コイツはいつもと変わらなさそうだな。

「おっ、出るみたいだ。」

レックスの言葉の直後、僅かな揺れと共にトラックが走り出した。


私たちは、一路アルゴンヌの森に一番近い地区、ビュート・ド・タウールを目指した。



ーーー┃ーーー



「そろそろみたいだ。」

トラックの窓から見える景色が、あぜ道から街へと変わって行く。


ビュート・ド・タウールは、アルディーティでも良く栄えた地区で、アルゴンヌの森目当ての冒険者相手の商売、その冒険者を狙う商人などへの宿業などで街を発展させている。

故に、冒険者は多い。私の元活動拠点でもあった。



ーーー注釈ーーー


アーロスの活動拠点はビュート・ド・タウールで、イリスの館とは距離があるような描写がありますが、イリスがアーロスを見つけたのはアーロスがたまたまイリスの館の近くまで依頼で来ていたからです。 


ーーー┃ーーー


さて。ビュート・ド・タウールの端まで来た頃、トラックが止まった。私たちは、素早く地面へと降り立つ。

ティルマンが指示を出してきた。

「ここからは分隊単位で行動しろ。失敗も成功も、全て分隊の責任だ!ではかかれ!」


遠目に土煙が見える。あれが氾濫か…。

望遠魔法で詳細を探る。…レッサードラゴン、ゴブリン、オーク、スパイド…レッサードラゴン以外は大したことなさそうだ。いや、今のこちらの練度からするとレッサードラゴンすら雑魚なのかも?


「行くぞォォォォォ!!!」

「「ウオオオオオオ!!!」」

分隊長が先陣切って突撃してゆく。味方歩兵は雄叫びを上げてそれに続いた。


だが、それは一般兵の話。私たちは、魔法兵だ。

「……火よ、波の如く!ウェルデ・スファイア!」


ボオオオオッ!


詠唱を終えると、凄まじい音とともに火の波が広がってゆく。それは味方歩兵に追いつくが、彼らのことは燃やさず、その先の敵の足を燃やした。


「グギャアアアッ!」

「ブモッ!ブモォッ!」

熱に耐えきれず、魔物たちが足を踏み鳴らす。さながらダンスを踊っているようだ。


「今だァ!突っ込めぇぇぇぇ!」

「「ウオオオオオオッ!!!」」


ザシュッ!バキッ!


その隙に歩兵が入り込み、手に持つ剣やメイス、戦斧を振り回した。

その熟練度たるや見事なもので、まるで美しい芸のようだったのを覚えている。


しかし、それに見惚れている暇もなく、私たちは第二の魔法を放った。

「…雷よ、向かえ!ドンレーギーリス!」


ズシャアアン!


閃光とともに杖の先から無数の雷が飛び出し、魔物へ襲いかかる。

命中したものだけでなく、その周りも感電してゆく。

魔物たちの足が、止まった。


歩兵も精一杯活躍しているようだが、如何せん数が多い。ここは何か、殲滅力のある魔法を…。

そうだ。あれがあるじゃないか。


「……火よ、空を舞え!ブッショス!」


ドン!


腹に響く音。杖の先から、いくつかの火球が飛び出した。

それらは放物線を描きながら飛んでゆき、魔物が密集しているところへ着弾する。


ドッガァァァァン!!


轟音と共に煙が巻き上がった。

煙が晴れた後には、豪快に抉れた地面だけが残り、魔物たちのの姿は跡形も無くなっていた。



ーーー┃ーーー



そのようにしばらく魔物をシバいていると、ようやく冒険者が現れた。


「お、おいおい…なんだ、こりゃあ!」

ベテランらしい中年の男が声を上げている。無理もない。冒険者時代の私でさえ、こんな光景を目にしたら腰を抜かしていただろう。


氾濫とは、本来街総出で対応するもの。手柄を上げて金を稼ごうと考えて意気揚々と来てみれば、既に半分近く対処されているとなれば、驚くのも当たり前だろう。


「お、おい!君たちがやったのか?」

と、何やら白い鎧にマントをつけた、いかにも高位冒険者という風貌の男が話しかけてきた。

「ええ、そうです。それが何か?」

「何かも何も……これが終わったら、せひお礼がしたい。あとで街に来てくれ。」

「それには及ばない。」

唐突に、イリス様が口を挟んできた。

「何だ、君は?君は後ろで指示を出すばかりで、何も役立っていないようだが…」

男が訝しむように言った。

……一応この人4公の令嬢なんですケド?服装とかで分からないのかな?


案の定、男の物言いにイリス様がピクリと反応した。

「…貴様。その話し方は、私がイリス・ムローメツと知ってのことか?」

「…えっ?ムローメツ??」

突然の事態に思考停止する男。

「そうだぞ。知っていてこの態度なら、しかるべき措置を取らねばならないが…」


「ね、ねぇ、ルーズ。イリス・ムローメツって、ムローメツ家の長女だよ!ここで喧嘩を売るのはマズいって…!」

そばにいた魔法使いらしき女性がヒソヒソとルーズ?と呼ばれた男に話しかけている。パーティーメンバーだろうか。

「そ、そうなのか!?分かった……すまない、イリス…様。ご無礼をお許し下さい…。」

「ふん…次は無いぞ。さて、話を戻そう。我々はアルディーティの軍…の、前身だ。公務だから、礼には及ばん。感謝の意があるなら、キチンと税を納めていればそれでいい。」

「そ、そうなのか…」


…って、こんな話してる間に歩兵たちが魔物を撃退してるじゃん。流石はあの猛訓練を凌いだだけはある。

「…それに、もう終わったようだし。よーし、撤収だ!総員トラックへ戻れ!」

「「はい!!」」

イリス様に従い、トラックへと駆け出す。

…イリス様は冒険者の男に軽く会釈すると、同じように走ってきた。

冒険者たちは、解体されて魔石が抜かれた、魔物の残骸をただ眺めていた。

数日もすれば、魔物の体は分解され、もとの景色に戻るだろう。

ちなみに魔石は売れる。冒険者の貴重な財源だが、今回は私たちへの補充費に充てるようだ。あの数だから、恐らく足りるだろう。


トラックの窓から、日が差し込んでいる。今は、大体昼頃だろうか。魔力も多く使ったし、流石にお腹が空いた。

それに暑さのせいか汗もひどい。服が肌にベッタリ張り付いてしまって、気持ち悪い。

ああ、早く帰って着替えたい……。


と、あれだけの魔物を倒した後の感想がその程度なことに、私は若干恐怖を覚えた。

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一般的日本兵、異世界貴族にTS転生す。〜大和魂を見せてやれ〜 金賀 治武峯 @kanaga1913

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