激突

「おお?ズミじゃないか」

「シン?いたいた。逃げるんならこっちだよ。泣いてるの?」


 シンは手の甲で涙を拭いた。


「少し泣いてた。悲しいことが起きたからね。ズミ、外まで案内してくれないかな。もうクタクタだ。何でここに?」

「ウラカ様の命令なんですよ。探して連れ出してこいと」

「ウラカは?」

「モッシが外へ連れ出したから平気だよ」

「モッシか。ところでその肩に担いでるのは剣か?」

「王子様に預かった。わたしのこと見えてないはずなんだけどさ。おかしいな。この城おかしいね」

「ロブハンはどこだ?」

「庭にいたよ」


 ズミは急ぐわけでもなく、複雑に入り組んだ道を歩いた。


「すべて見てたのか?」

「見ようとしたけど、第一王子から溢れる何かのせいで、まったく見えないんだもん。それに怖くて」

「それじゃ魂は流れに還れたのかわからないんだな」

「それは間違いない。わたしも巻き込まれたら嫌だから逃げた。琥珀の粒々が飛んでいってたもん」


 どうやら白亜の塔のときと同じことが起きたらしい。いいことなのか悪いことなのか考えつつ、ここはどこだろうかと、シンはあちらこちらを見ながら城から出た。


「秘密の通路なんだよ」


 シンは暗い通路を抜けて、正面の一枚岩から出てきた。第一王子がせき止めていた道が開いた。ここは異世界へ通じているのではなかったのか。ひょっとして前の世界へ戻れるチャンスが、シンは慌てて戻ろうとして、レイの姿が浮かんだ。


「今回はいいか」


 岩は割れ、歪から黒い粘液が漏れ出していた。煙を上げてチラチラと亀裂沿いに炎が伝っていた。

 ロブハンが疲れた様子でへたり込んでいたが、すでに頭と胴が離れ離れになっていた。今さら戻せるわけではないが、誰かに使い捨てられた成れの果てだ。シンはロブハンの髪を掴んで頭を持ち上げた。


「こんなところに女王様がいるじゃないか。落ちてきたのか」


 シンは見上げた。突き刺さっていた剣が壁もろとも落ちてきたのかもしれない。正門を出て、誰もいない石橋を渡ると、欄干にもたれてウラカが立っているのを見つけた。

 ズミは橋を駆け抜けた。

 街は向かって右で建物が崩れ、白煙が立ち込めていた。上空では鳥獣が飛んでいるところからすれば、レイとラナイとやらがいるのだろうなと思いながらウラカに近づいた。


「王子様から?わかったわ。次はロブハン様一行を探してきて」

「でも……」

「ごめんね。疲れてるのはわかるんだけど、もう一働きして」


 ズミが戸惑っていた。なぜならシンがロブハンの頭を持っているのだから探す必要もないのだ。形相が変わっていて、一見して本人とはわからないかもしれないだろうが。


「ただいま。疲れた」

「死んだかと思ったわよ。ちょっとその持ってるの何?」


 シンはロブハンの首をウラカの方へ投げて転がした。


「何てことしてくれたの?」

「せっかく連れて来たのにひどい言われ方だな」

「連れて来たと言われても」


 思案の間が空いた。


「首から下は?」

「下の方がいるのか」


 戸惑うウラカをよそに、


「モッシ、ちゃんとウラカを救い出したんだな」


 シンは声を潜めた。


「そこそこ恩はあるしな」

「義理堅いな」

「貴様も生きててよかった。この城は共和国には荷が重い」

「第一王子はずっと魂を封じ込めていたんだな」

「かもな」


 モッシは退屈そうに戦いには背を向けて丸くなっていた。止めないといつまでも続くだろうな。


「ついでに二人も止めてくれ」

「バカなこと言うな。ついでにすることじゃない。俺様を殺す気か」

「ウラカが止めてくればいいんじゃないか?知り合いだろ?」


 シンはウラカに向いた。


「殺されるわよ。ところでこのロブハンは誰が殺したの?」


 シンはズミに案内されて城から出てきたときには、すでに頭と胴が離れていた。欄干の上に頭を何度もぶつけていた。訳があるような気もするが、今ここでわざわざ聞くまでもない。それに女王の剣も転がっていたが話さずにおいた。


「城は壊れるし。ロブハンは殺されてるし。ズミたちも城にアテられて疲れてるようだし。ところで陛下はや王子は?」

「死んだよ」

「え?」


 城壁が爆発がして、城から炎が上がった。山を背にした灰色の城は勢いよく燃え始めていた。こんなところにいたら巻き込まれかねない。


「国王も死んだ」

「へ?ロブハン様が連れ出してるんじゃないの?」

「頭が転がってるのに、どうやって連れ出すんだよ。気味悪いだろ。首から下が案内してるのかよ」


 シンはレイとラナイの一騎打ちを見ながら、城から離れるように堀沿いに歩いた。逃げている市民は市街地を迂回して急いでいたが、僕たちを気に掛ける者などいない。


「もうどういうことなのかわからないんだけど。剣はどうしたの?」

「置いてきたよ。何で持って帰らないといけないんだ」

「機嫌悪いの?」

「まあね」

「頭が追いついてないわ。貸した剣は回収しないといけないのよ」

「知らない。貸した相手が死んでるんだから。あ、ロブハンが盗んだことにすればどうだ?一人で逃げようとしたんだ。で、死んだ」


 近づこうとしたウラカを、シンは後ろ手で制し、街で暴れるレイを探して土手を歩いた。


「ちょっとつらいんだよ」


 彼女を制した。


「ウラカが謝ることはない。僕が選んだんだからね」

「そんなこと言われたら……」

「ウラカは救済師とやらの任務をこなした。第一王子は死を選んだ。死刑執行人は僕だ。でももう少しどうにかならないかなぁとね」


 少し犠牲者が多すぎだ。

 身も心も重い。

 レイに会いたい。


「彼らは死ぬしかないことくらい理解していたんじゃないかな」

「じゃなぜロブハン様の誘いに?」

「夢だろ」

「夢?」


 ウラカは問い返した。

 国王も王子もミアも夢を見ようとした。城から出た後の自由な生活があると思い込もうとしていた。しかし同時にそんなことはできるはずもないことも気づいていた。そしてお姫様がいちばん知っていた。

 もっとリアルに言うなら時間稼ぎをしていたんだろ。しかし言葉には出せなかった。城で生まれ、育った人が城から出て暮らす夢だ。

 シンは燃える城を見上げた。

 今頃、第一王子と彼らの魂は還るべきところまでの道を家族たちで歩いているのかもしれないな。

 シンの隣でウラカは厳しい表情をしていた。それは彼女自身を責めている顔だ。嫌な仕事だろうな。


「ちゃんと第一王子の願いを叶えられたし、教会の職務も果たせたじゃないか。よかったよかった」

「腑に落ちないな、わたしは」

「ウラカ、君は自分自身を褒めてあげないと。そうでないと苦しくなるだけだ。二人いつまでやるんだ」


 シンは誰も避難民がいないところまで行き、街を見渡した。東の塔の残骸が崩れたのを見つけた。僕は丘を降りて、低い石塁に飛び乗った。

 シンは腹から叫んだ。


「レぇぇぇえイいぃぃぃぃいっ!」


 街に叫びが吸い込まれた。

 戦いが止まると、影が近づいてきたので、シンはてっきりレイだと思って石塁を降りた。


「てめえ!」


 髪は乱れ、頬に傷がつき、上半身の甲冑がなくなっていた。折れた光の剣を持ち、シンを睨み据えた。


「レイは?」

「わたしが負けるわっ!」


 言いかけて、後ろからしなってきた鞭に薙ぎ倒された。派手に吹き飛んだ彼女は地面を削るように転がっていった。よく死なないな。血泥まみれの顔のレイが抱きついてきた。


「シン、生きてるのよね?」

「レイのおかげでね」

「うん。でもみんな死んじゃったんだよね。ミアもノイタも」

「やっぱり見えてたんだ?」

「うん。で、ラナイはどこ?」


 シンは指差した。

 レイは腕まくりした。


「レイ、痛くないのか?」

「何?」


 シンはレイの額の眼を突き刺している折れた光の剣を指差した。

 興奮でわからないんだな。


「あぁ!」


 レイは気づいて、片手で引き抜こうとしてた。自分ではできかねるようで、シンがレイから力任せにナイフを抜いた。レイはよろめいた。


「痛ぁい!くそぉぉお!」

「待て待て。ちょっと見せてみ」


 見ているうちに細かな触手が穴を塞ぎ始めた。すぐにいつもの深紅のような眼に戻ってきた。


「すぐ治ってきてるな」

「頭がズキズキする。ガンガンかもしれない。この感覚わかる?」

「さすがにわからないよ」

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