ルテイム城
第一王子の眠る城の間にも衝撃が襲いかかった。国王陛下とノイタ、カザミ姫、ミアが入った。そしてロブハンもいた。ロブハンだけは城の秘密に畏怖と野心で興奮していように見えた。シンはそんなロブハンの姿を見ながら自然に近づいた。
「ここがこの城の姿か。いにしえから伝わる聖地だ」
国王や王子を守る剣士が待ち構えていた。皆、旅装束で顔をターバンで隠していた。彼らはロブハンの掛け声で剣を抜いてきた。
「近づけるな!」
国王の剣士ならば、剣を抜くことはないが、おそらく彼らはロブハンの部下か、協力者だ。疾風のごとく襲いかかってきた。すでに共和国の密偵に入れ替わっていたか。シンは左でハンドアックスを抜いて、右は国ノ王の剣に任せた。敵の剣や武器は国ノ王の剣が砕いた。ハンドアックスまで国ノ王の剣の力が宿ったかのように敵を打ち砕いた。連中が怯んだのが見て取れた。
ロブハンは青白い顔で尋ねた。
「なぜ貴様が剣を持っている」
「奪い返しに決まっているじゃないですか。国王陛下、いや、あんたの手に渡らなくて残念でした。教会殿は何をしているんですか?」
「私は陛下たちが亡命できるように協力している」
「本当の話ならね。ここであなたが共和国軍の内通者として殺されても誰も文句は言わないでしょう」
「共和国軍?私は教会の者だ。わたしを殺したならば、教会は貴様を許さないだろう」
「だから?」
国ノ王の剣が冴えた。彼は格好をつけるところをわきまえている。セラミックのように白い剣がロブハンの喉を捉えていた。冷気が首から全身にまとわりついて、ロブハンの体は小刻みに震えていた。
「入ればといい。あなたも後学のために見ておけば。後学があればの話ですけどね」
「貴様はこの城の価値を知らないのだろうから、私が教えてやる」
「どうも。でも静かに。家族のお別れの邪魔をしてはいけない」
国王は兄でもある、息子でもある第一王子に頬を寄せた。城を離れることになることを話した。ちゃんとは聞こえないが、そんなようなことを話しているのかもしれない。
カザミ姫が促され、第一王子の手を取ると、頬を地下涙で濡れた頬を近づけた。わずかに顎を上げた。
「嫌よ!」
カザミ姫の声がつんざいた。シンはロブハンを押し退けた。前の席はロブハンにはもったいない。
「わたしはこのお城から出ていく気はないわ!このお城でずっと暮らしていくのよ!どうしてわたしが出ていかなければならないの!出ていきたいんなら、あなたたちだけで出ていけばいいわ。わたしはルテイム城の姫なの。巻き込まないで!」
カザミ姫は旅装束に身を包んだ国王の革帯を強く押した。髪を振り乱して、体を折るように叫んだ。
「わたしはお兄様と一緒にこのお城で好きなことをして暮らすの。ずっとずっと安らかに過ごすのよ」
「カザミよ」
国王陛下がカザミを抱いた。
「おまえはどこにいても、お父さんたちと一緒に暮らせるんだ。ここである必要はない」
瞬間、国王の首筋から血飛沫が飛び散った。カザミの手にはシンに斬られた、あの剣が握られていた。国王は膝から崩れた。カザミ姫の瞳孔はガラス粒のように輝き、全身は国王の返り血を浴び続けた。
「お城を捨てるなんて愚かなことを考えるからこうなるの。あなたたちはいけない人なのよ。お兄様を捨ててまで生きていけないわ」
ロブハンは国王が沈んでいくのを目の当たりにして、ようやく部屋の異形に気づいた。人や獣の部位が寒天状の床や壁、天井に埋もれているのにガタガタと震えた。尻もちをついた自分の下には闇とニヤニヤ笑っている唇と目玉が見えていた。
「ロブハン、本当の城の価値を知らないのはあんただ。そしてあんたたちはこの剣の価値も知らない」
「ま、待て。貴様は私を殺す気なのか?」
「あんたは城に魅入られて、異界軍の一員として死ぬことなく城のために働き続けられる」
「私を部屋から出してくれ」
「弔ってやれよ」
「頼む」
「じゃこれを見てろ。自分の顔から目を逸らすなよ」
シンはハンドアックスを彼の顔の前にかざしてやった。ずっと自分の顔に集中しているんだ。少しでも隙を見せると、引きずり込まれる。
「わかったな」
ロブハンは必死で頷いた後、
「生きたいなら静かに。まだお別れの儀式は済んでいない。今だ」
シンは蹴飛ばした。ロブハンはまとわりつく粘液から逃れるように廊下へと逃れた。廊下に転がる死体に足を取られたながら遠ざかった。
ノイタは剣に手をかけた。
「お兄様にわたしが斬れる?」
「斬るしかない」
国王陛下の体が沈んだ。
カザミ姫はバランスを崩し、ノイタの脇から飛び出したミアが姫の体を抱くように飛びついた。二人は第一王子の眠るベッドの上を跳ねて向こう側へ転がり落ちた。
「どうして?」
カザミ姫は自分の腹に刺さった剣を見ていた。腹は鞘から飛び出した剣の先でえぐられていた。
「ここで暮らしたいと思ってるわたしが死なないといけないのよ。あんたらが死ねば済むのに!」
姫の下の床にが沈んだ。重力が一点に集中したかのように彼女の体が吸い込まれた。とっさにノイタ王子はカザミ姫の手を握った。僕は彼の襟首を掴んで支えた。ミアも手を差し伸べたが、姫は剣を離さない。
限界だ。
シンはミアを制し、力任せにノイタ王子の体を扉まで投げ捨てた。
「嫌あぁぁぁっ!」
カザミ姫は断末魔の声を残して闇へと落ちた。新たな者を消化するように部屋全体がうごめいた。
「シン、剣を貸してくれ」
『弟よ、おまえにできるのか?』
「ここに生まれた以上、嫌なことだけを誰かに任せられない」
『使えば死ぬぞ』
「覚悟はできています」
シンには決められなかった。この期に及んでは、彼らの話に任せるしかない。できることは彼らが選ぶ道をただ見ていることくらいだ。
「ミアはどうなる?」
シンは無意識に尋ねた。
「わたしのことは」
「ごめん。僕はノイタ王子に聞いてるんです。あなたはいい。でも残された者のことは考えてあげて」
シンはノイタ王子を押し退けて、ためらいもなく国ノ王の剣を第一王子の心臓に突き刺した。
「行ってくれ」
『これでいい。ようやく私も眠ることができる。ノイタ、ミア、この者の気持ちを無駄にするな。これから生きるんだ。私はうれしいぞ。おまえたちが生きてくれるのがうれしいんだ。早く去れ、この城から』
「シン、あなたはバカよ」
「そうだね」
シンはほほ笑んだ。
「でも彼と約束したんだ。ここに封じ込められた魂を還してやると」
ベッドを中心に床が歪み、暗闇に引き込まれそうになる。僕はノイタとミアを廊下へ追い出して扉を閉じた。これで城もおしまいだ。
「出ておいで、お姫様」
『何でなのよ。わたしはここにいたいだけなのに』
カザミ姫の姿が粘液の中から浮かんできた。
『そうよ。わたしがお兄様の代わりになればいいんだわ』
「お兄さんは苦しんだ。だから死ぬことを選んだんだ」
『あなたが殺したのよ!』
シンの足が沼に沈んだ。
『あ、そうだわ。きっとあなたとなら一緒にいられるわ。ね、ここでは何も苦しまなくてもいいのよ?ずっと生きていられるの』
一歩、また一歩と沼の中を近づいてきた。しかし不意に止まった。
『一緒ならいいわね』
すでに片頬が溶けて、崩れ落ちていた。自分の中からこぼれ落ちそうになった心臓をつかんで差し出すようにした。必死で近づいてこようとしていたが、闇から出てきた蛇が彼女の足首を巻いていた。
ふと消えた。
『他には誰もいらない』
シンは彼女を見つめながら、ベッドに横たわる兄の心臓から剣を抜いこうとして、それが奪われたことに気づいた。国王陛下が奪い、カザミ姫を抱き締めて突き刺した。
『すまぬな。もともと逃げようなどとは考えておらん。共和国は甘くはない。あわよくば姫だけでも』
「行き違いはつらい」
『時間は稼いだ。我々は姫の言うように城以外で生きられぬ』
「首謀者はロブハンですね。共和国軍と内通していた。そうでなければ話が通じませんしね」
『後のことは生きているものでやってくれ。去るがいい』
「ご無礼を」
シンは乱暴に泥から引き抜かれるように廊下へ逃れた。部屋が一気に炎に包まれて、二人の姿が消えた。
「シン!」
ノイタがいた。
シンは、こんなところで何をしているのかと無性に腹が立ち、殴ろうとしたが、ミアに止められた。
「相談したの。わたしたちは逃げるわけにはいかない。陛下やカザミを残しては行けないわ」
「お父さんが娘を殺した。だからもう済んだんだ」
「ではなおさらだ」
「なぜ死のうとするんですか」
「一緒にいたいからだ」
迷いがないとは、たぶんこのことだろうなと思った。ノイタとミアを両腕に抱き締めるようにした。
「さよならだね、王子」
「すまない」
「いや……」
シンは腕を振り上げるようにして二人を置き去りにした。どうしても振り返ることができなかった。
「あなたは卑怯者じゃない!わたしたちの英雄よ!」
ミアが叫んだ。シンは振り向きかけてやめた。それから崩れる城と炎に巻かれる庭を歩いた。
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