開城
[シン]
隣室の鎧窓から火が見えた。
ノイタ王子が入ると、椅子にいた髭面が立ち上がった。体格のいい、四角い顔をした男で、街で見かけるようなラフな格好をしていた。
「待たせたな。朝までに城の門を開かせろ。街から城へは入れるな」
「承りました」
「どこかで?」
シンは首を傾げた。きっとレイならば覚えているに違いないが、シンは自分の記憶に整理がつかない。
「ハンドアックスの奴だろ」
「あ、ハイデル嫌いを斬り捨てた人ですね?なぜここに?」
「私の部下だ。生まれたときから剣を叩き込まれた。彼にはいろいろ働かせている。歳も歳だが」
「失敬ですぞ」
街での情報を集め、また噂を流すなどの任務をしていた。さすがは由来ある第一国の王子様だ。ノイタ王子もすることはしていたということだ。第三軍が異界軍を使ったというデマを流したのも彼らだった。
「街は開けたのか?」
「街はまだです。第五軍の侵入を許さずというところですな」
「来るのか?」
「今のところは動いてはいません」
「ラナイというのは、なかなか抑え込んでいるな。しょせん第五軍は烏合の衆だろ」
「軍使が斬り捨てられたのは納得できませんが」
「まあな。調停の間に街を開放しよかと思うがどうだ?しばらく第五軍は動かないと思われる。父上にも了承を得た。そこそこ時間は稼いだ」
「信じていいのですかな」
「共和国軍も街を焼け野原にしてもしようがあるまい。各守備軍は城まで引き上げさせることにする。妙な話に聞こえるかもしれんが、敵が己たちを抑え込んでくれるかというところだが」
「では?」
「父上は領土へ亡命する覚悟を決められたようだ。父上の護衛には白帯隊が就くことになる」
「ノイタ様は?」
「まだ考えがまとまらん。おまえたちは城の防御に徹してくれ。貧乏くじになるかもしれんが」
「この城は落とさせません」
二人のやり取りが一通り済んだ後、シンは土塁の焼き討ちのときに狙われたのは誰なのかを尋ねた。
「チウタキだ」
「他は巻き添え?」
髭面の剣士が、
「第三軍の話は聞いているか?」
シンが頷くと、
「死んだのは戦場や村から連れてきた連中だ。こちらがした責任もあるしな。連れてきた。陛下は同じことをしようとはしないのですか」
ノイタ王子に尋ねた。
「次は無理だと進言した。兄も次は自信がないと仰られたし、陛下も納得している」
ノイタ王子は窓枠で小さなカップから酒を飲みながら、シンに理解できるように話し始めた。
「異界軍は抑えることができるかどうかなんだ。解き放たれた魂は器へ戻さなければならない。今の兄には戻せる力がない。ここに封じ込めているだけでも限界なんだ」
シンは黙って聞いていた。シンが驚きもしないことで、ノイタ王子はすべてを察した。シンたちを監視していたのかと尋ねた。
「途中まではした。白帯隊の剣士に会い、教会へ行き、神殿跡から怪鳥を落としたところまでだ。神殿が狙い撃ちされただろ?あそこでおしまいだ。他にはチウタキを連れ戻さなければならなかったが、焼き払われたところから会えずじまいだ。ダセカやセゴたちも探していたんだ」
「ダセカやセゴが接触してきたのも任務ですか?」
「そうだ。実際はチウタキを探していたんだがな」
「僕たちに接触しないでくれていたらよかったのに」
「そりゃあんなところを見せられたら正体は気になるだろうよ」
「やっぱレイに好きにさせるのはよくないな」
「あんちゃんのハンドアックスなんてのも見てたよ。で、二人のことは城に報告をしておいた。殿下と会っているまでは知らなかったが」
「まさか会うことになるとはな」
「お兄さんに言われたんですね」
「ああ」
シンはぼんやりと聞いていた。だいたい予想したことと同じ答えだったからだ。市街地での攻防戦も彼らがやっていたのか。もちろん彼らは戦っていた。しかし剣が城に来てからというもの、クサと呼ばれる集団は見かけていないとのこと。
「セゴのメダルは?」
「あれはセゴが惚れたんだ。私はそこまで監視はしていない」
クサは剣がこちらに渡ることを阻止しようとしていたが、奪取が失敗したので任務完了ということだ。
「僕たちはミアさんの弟さんと会っているのかもしれませんね」
「そうだな。もう少し早く会っていればどうなっていたのかな」
ノイタは即座に否定した。
「我々の責任だ。ちゃんと迎え入れられることができなかった」
あの剣の力を知っている者が阻止しようとした。誰が剣の力を知っていたのか。しかも剣が入城する前に知っていなければならない。
誰がいる?
共和国、教会、国王、王子、個人を入れると、誰もに欲しがる理由がある。第一王子、あなたも。
[シンとレイとミア]
レイがシンの湿布を剥がした。がさつな上に勢いよく剥がした。何でも一所懸命なのはいいが、自分と同じように頑丈だと思わないことだ。
「痛たた」
「治ってるじゃん」
シンは安楽椅子に押し込められるようにもたれさせられて、顎を上げさせられて、布で薬草を拭われた。
「なかなかきれいね」
レイがうなじを湯で湿らせた布巾で拭いてくれ、ミアが確認して治療もこんなもんだろうと許可した。薬は飲まなくていいのかとホッとしたとき、ニコニコしたレイがカップを持ってきた。そこに得体の知れない白濁した液体が入っていて、これを飲めば体力が回復するかもしれないということだった。かもしれないとはどういうことだ。人による?
「レイが調合したのよ」
ミアが片づけながら微笑んだ。もちろんミアの監視の下で、誰にでもできるシンプルな調法を教えたということだった。誰にでもできることができないのが、シンたちだ。
「チェンジしてください」
「ひどい」
レイが取り上げると、おいしいからとカップから一口飲んだ。そこまでされれば飲むしかないと、一気に飲み干した。騙された。そしてレイと一緒に窓から吐いた。
「苦っ!」
口を歪めたレイが、
「そもそもミアから教えてもらった時点で何もかんも苦くなるの」
口をすすいだ水を飲み込んだ。
「このレシピはレイに預けたわ」
「字が読めるのか?」
「何となくわかる」
「わかるんならいいけど、何となくってのが引っ掛かる」
「旅もたいていは何となくでうまくいってたじゃん」
これがうまくいっているのなら最低のシチュエーションには、まだまだならない。余裕だ。こんな城に閉じ込められて、見たこともない軍に囲まれていても、うまくいく。
椅子の肘掛けにしがみついたシンは、込み上げてくるものを何とか抑え込んだ。効くかもしれないものとしては割に合わないまずさだ。
「ウラカさんがレイと話したいと」
「はい?」
レイがミアを見た。わざわざウラカがレイに風呂で会うというのは何か意味があるのだろうか。他の教会の人間が来ることはないだろうという気づかいだ。
「僕は?」
「仲間はずれね」
ミアは笑みを含んだ。
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