再会
[シン]
シンはレイに部屋から出ないように言いつけて、ウラカの待機室へ忍び込んだ。ノイタから侵入経路を渡されていたが、落ちれば死ぬような際々を通らなければならないとは思いもしなかった。
この世界での自分は落ちても死なないくらいレベルアップしているのか。試してみる気もない。そもそもこの世界にレベルアップなんて概念があるのかすら怪しい。
ウラカに与えられた部屋は手前にくつろげる空間、奥には寝室が用意されていた。僕は開いた窓から薄暗い寝室に転がるように入った。
物音に気づいたのか、ウィンプルを外したウラカが覗いた。シンは彼女の首に腕を通して、首筋に小さなナイフを突きつけた。彼女はハッと息を飲んだ。緊張が肩から全身にかけて一気に駆け抜けていた。
「動くな」
「やめておきなさい。わたしは聖女教会の人間です。万が一のことがあれば、王国の信頼に関わることになるかもしれません」
「それで?」
「え?」
「だから?」
ウラカは次の言葉を準備してなかった。口ごもった。賢いのかバカなのかわからない人ではある。
「このひねくれた言い方は」
「動くな」
レイがシンの後頭部に剣先を突き立てていた。部屋にいろだの怪しいことを言うからこうなるんだと。
「人に留守番させといて、どうせこんなことだろうと思った。同じ部屋でもないのに、わざわざ言うからいけないのよ。バカたれ」
「その声……」とウラカ。
「レイ、あのね」
シンは振り向いた。シンが落ちないかハラハラしながら見ていたのだと不機嫌に吐き捨てた。
「どこから来た?」とシン。
「シンと同じところよ。後ろから来たのよ。危なっかしい」
シンは言い訳をした。わざわざ知らせたのは、もし部屋にシンがいなければ暴れただろうと言った。
「いくら何でもバカにしてるわ」
「すみません」
突然、ウラカが割り込んだ。レイはウラカに短剣を突き立て、シンを誘惑する気だなと脅した。
「何でよ。あなたたちがいることなんて知らなかったわよ。どうして二人がここにいるの?」
「シンがいるからよ」とレイ。
「そんなこと聞いてないわ。ていうかどうして逃げたのよ!」
「ウラカはわたしたちが逃げることを知ってて逃がしてくれた」
「何のこと?」
「シンが言ってた」
シンはレイを見て、首を傾げて違うようだねと答えた。
「お礼して損した」
レイたちが海を渡る前に逃げることを知っていて、見逃し、なおかつ困らないよううに部屋にお金も置いてくれてたのではないの?
「わたしがお風呂に入ってる間に盗んだのね。叱られたわ。船なんて空っぽのまま違う命令待ちよ。タダで動いてるんじゃないんだから」
「シン、なぜコソコソする。なぜわたしを連れて行かない。ウラカに会いに行くんならわたしも連れて来ればいいじゃん。邪魔なの?」
「二人ともうるさい!」
シンが二人を制した。レイは納得がいかない様子だが、背を向けて何やらブツブツ呟いていた。
「ごめん。怒らないで!つい興奮しちゃったのよ。ね、だから機嫌悪くしないで。もう大丈夫だから」
「なぜシンに偉そうに言われなきゃいけないのよ。悪いことしてるのシンなのに、わたしが悪いの?」
「だから二人同時に喋るな!」
『ウラカ!』
隣の部屋からロブハンの神経質そうな命令口調が聞こえた。シンたちは窓の外へ追い出された。落ちれば死ぬぞ。ハイデルの宿みたいにすぐ下に瓦はないんだぞ。
「落ちてみる?」
「ごめん。忍び込もうとしてるんだから怪しいことしてたけどさ。ウラカに聞きたいことがあるんだよ」
なぜ一人、自分を除け者にコソコソと忍び込む必要があるのだと聞いてきたので、シンは話した。
「正面から行けるか?僕たちは教会からも逃げてきてるんだぞ」
「あ、そか」
忘れていたらしい。ウラカのよそ行きの声が聞こえた。わざと衣擦れの音をさせて、扉の近くで答えた。
「はい!すみません。今、着替えておりますので!」
「マジか」
レイが覗いた。
「お!」
「え?」
「見たいんじゃないの!」
シンは下を見れば落ちそうで怖いから見ていないし、上を見れば青空にくらくらしている。
「これから私は国王と会食があるので、貴様は待機しておくように」
「承りました」
「よろしい。今後については会食後に決まるので控えているように」
レイは慌てて入ろうとして、ウラカに後ろ手で制された。彼女はロブハンが客室から出たのを見て、廊下へと通じる扉に鍵をかけた。
「入って!」
レイが入ろうとして、担いでいた女王の剣を枠に引っ掛けた。
「あ、シン!落ちる!」
レイはとっさにした光の鎖でシンの首を吊るした。
「落ちたのかと」
「首輪放してくれ」
ただでさえもちぎれそうな首なのに容赦ない。寝室にも鍵をかけたウラカは慌てて四つん這いで来た。
レイはシンの首を覗いた。
「平気ね。さすがはシン……」
「それでもひどくないか?」
「お願いよ。とにかく二人とも静かに話してくれると約束して」
「静かにしてるだろ?」
ウラカが「レイ、そこにお菓子あるから食べてて」と指差した。お菓子で釣られるわけがないと言いながらも釣られていた。塔の街のヒモムスからコロブツの焼き菓子、レイは何でも興味がある。
「君にもいろいろ言いたいことはあると思うけど、後回しにしてくれるとうれしい。お金は申し訳ない」
「下着は?」
「知らない」
シンとウラカはレイを見た。わたしの下着の下の金も盗まれていたと言われて、シンはあれが下着だとは思わなかったと答えた。ウラカは真っ赤な顔になった。見られたら恥ずかしくて、まともにあなたと話せないと修道服の袖で顔を隠した。
「大丈夫。下着だとわからないのは下着じゃないんだ」
「ええ?そ、そうなの?まぁ何となく納得できるような気もする。本当に納得していいの?」
「小さなことだよ」
「で、何なの?お金を返してくれるの?すっからかんよ」
「ウラカは何しに来た?待て。表向きの調停に来たことは見てきた」
「いたの?」
「特別に忍び込んでた。でもあんなのじゃ話し合いにもならない」
「で、シンは考えたのね?調停以外の理由があるんじゃないか。ひねくれてるわね。でも正しい。ただわたしにもわからないの。今回はロブハンが責任者なの。となれば評議会かもしれないし。本当に単なる調停だとは考えられない?」
「皆、殺されたいのか?」
「それは心配いらない。いくら戦争でも使者は殺してはいけないという暗黙の了解があるのよ」
シンは、ルテイム王国の軍使は殺されたことを話した。片足ずつ斬られた二人が死体を担いで帰ってきたことも付け加えた。
「君たち根性あるよな」
「へ?」
もし今回の調停に表向きの意味しかないなら、教会関係者が城を出るときは死体だろうと話した。
「良くない空気?」
「ちょっとね。あそこにいた護衛の剣士連中は殺気を理性で抑えられるくらいだから大丈夫だろ」
「ちょっとどころ?裏の話があることを祈るしかない。ところで気になることがあるんだけど」
「もう話は済んだ。要するにウラカは何も知らされてないんだな」
「まだこっちの話があるわ」
「じゃもう帰る。邪魔したね」
「ちょっとひどくない?こっちの話も聞きなさいよ。あれは?」
ウラカはシンが立ち上がるのを引き止めると、お菓子を食べているレイを指差しつつ、また新しい剣を手に入れたのかと尋ねた。
「盗んだんじゃないぞ」
「買ったの?」
「買うもんか」
シンはノイタ王子から借りた封書を革帯から雑に取り出した。
「機嫌悪くしないでよ」
『聖女教会の下、この二振りの塔の剣をお貸しすることをお約束いたします。この剣は現在は教会に所属していること疑わぬようお願いいたします。済み次第、お返しいただけること信じております。聖女教会評議会』
さっと内容を読んだウラカは透かしを見て、聖なる封印を見た。
「どこかおかしい?」
「おかしくない。簡素化してあるけど効力はあるわよ」
シンは封筒の匂いを嗅いだ。
「君の匂いに似てないか?」
「ここにわたしがいるんだから匂いくらいするわよ。でもわたしの匂いを覚えていてくれてうれしいわ」
「教会は援軍を出さない?」
「出さないわよ。何で教会が共和国と争わないといけないのよ」
「因縁とか」
「勝手に作らないでくれる?」
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