第一王子

 突然、レイが現れた。


「そんな格好でどこにいたの?」

「会談を見ていた」


 シンは誰かに見られるといけないので急いで、急いだ。教会の連中に会うかわからない。


「会談見るのにそんな格好する必要ある?逃げるの?」

 シンは部屋に滑り込もうとして鍵がかかっているのに気づいた。


「あれ?鍵かけた?」

「かけてないし持ってない」


 室内からミアが出てきたので、お互いに驚いた。


「二人ともこんなところで何してるの?ここは出入禁止よ」

「ミアこそなぜ僕の部屋に?」

「あなたの部屋は逆棟の上よ。この中庭を挟んで向こうじゃない」

「マジか」

「しっかりしてよ」

「ミアはなぜここに?」

「わたしは仕事よ。この奥の階段が医療部とつながっているのよ。こんなところにいちゃダメ。戻って」

「戻れないんだよ」


 シンはミアに訳を話した。

 レイはウラカが来ているの?と反応したが、シンはまだわからないと答えた。ここで見つかると話がややこしくなるだろ?レイも頷いた。


「みんなで相談かい?」


 ノイタ王子が来たので、ミアもレイもシンも黙ってしまった。結界で守られているので、侵入者に気づいたノイタ王子が来たらしい。ミアにシンを部屋に入れるように促した。


「でも」

「兄の求めでもあるんだ」

「かしこまりました」

「僕が話してある。二人のことを気にかかるようなんだ。人に興味を示さない兄が珍しいだろ?」


 ミアは王子を見た。シンは二人は好き同士なんだと気づいた。こういうことは何となく気づくことがある。


「どうしても会って話しておきたいことがあるということだよ。俺が責任を持つから気にするな」

「お疲れのようですので」

「承知した」


 俺?いつもは俺なのか。私は公の場の言葉なんだな。どこまでも王族というのは、育ちが違う。


 ミアは扉を開けた。扉の中には真っ暗な空間があった。その真ん中にベッドがポツンと佇んでいた。


「レイ、何が見えてる」

「見ない方がいいけど」


 シンはレイの頭を抱き寄せた。レイが見ていたものが見えた。無数の目玉や口、牙、臓器、足、手などが床や壁に埋め込まれていた。


「驚いたかな」

 ノイタ王子。

 彼らには見えないらしい。


「これが蛮族の正体だ。第三軍を壊滅させたのは、ここに封じられたバケモノが実体化した。共和国軍ではない。ここにはこれまでの人や獣だったものが封じ込められている」

「あっちが異世界から召喚したというのは嘘ですか」

「街で噂を流した。実際は我々が異界から召喚した。今も正面の岩で食い止めている。今のところね」

「あれは門なんですか?」

「誰もそう呼ばないが」


 ノイタ王子は中央のベッドの際に腰を掛けた。そして眠っている影をそっと覗き込んで、これが第一王子だと微笑んだ。

 塔の剣は王国の負の遺産を封じ込めるためにもたらされた。誰が望んだのか。第一王子自身か。もはや彼の力では異界軍とやらを制御することや封じることができない。


「キレイな顔してるじゃん」


 レイは肩越し手招きした。


「起きることもあるのかな。彼が話したいときに呼ばれる。ずっと第一王子なんだよ。父の兄、僕の兄というわけだ。祖父の兄でもね」


 レイが第一王子の胸に耳を当ててみた。ノイタは笑って見ていた。


「この子は物怖じしないな。剥製を見たときもだ。君が即座に獣の臭いだと言ったときは驚いた。あれは獣を組み合わせて作った偽者だ。蛮族を似せて作ったんだ」


 要するにあんな奴が暴れまわることには変わらないのか。この第一王子が鍵になっているんだな。


「奴らが暴れまわると手がつけられないが、やがて消える。兄に制御できなくなったことに気づいた」

「国王陛下には?」

「報告した。使えるなら使いたいんだがね。これではこちらにも何が起きるかわからん」

「だから目の前の第五軍には使わないんですね?」

「そうだ。兄が保たないというのも大きい。私にもやさしい兄であると同時に父にもそうなんだ。いくら戦争でも苦しめたくはない」

「使えれば使いたい」

「もしこちらの優勢が知れ渡れば援軍が来るかもしれん」


 浅ましい。戦争というものはそういうものなのかもしれない。エゴとエゴのせめぎ合いだ。それに異界軍については共和国軍も第三軍で経験したし、調べてはいるはずだ。次に来たときの対処は考えている。


 第五軍は精鋭か、単なる盾か。


「いや。でも俺はダメだな。喰われてしまう兄を見たくはない」

「こんな秘密を話してもいいのですか?」

「いいわけがない。しかし兄が会いたいと言うのだからな」


 いつの間にかレイは第一王子の額に眼を当てた。何にでも興味を示す奴だな。不意にはっと飛び退いて、シンの腕にしがみついた。


「声がした」

「余計なことするからだ。何て話してた?」

「うるさいって」


 すみませんでした。寝ているところでウダウダされたらうるさい。叱られたら何をされるかわからない。


「レイ、何か言った?」

「何も」とレイ。


 二人はここに残れ。もし幽霊に命じられれば、こんな感じになるのかなと思うくらいゾワッとした。


「ご指名のようだね」

 ノイタ王子は肩をすくめた。

 

 シンたちは置いていかれた。ここで地面が動いた気がした。第一王子は穏やかな顔だが、実際にやっていることはえげつないんだしな。


「何?」


 レイが友だちにするかのように話しかけた。第一王子は目を覚まして天井を見た。青白い美少年だ。


「下手くそ」

「は?」

「さっきようやくその剣の扱いを学んだようだな。コロブツの精霊たちは気に入っているようだぞ」

「そうなんですか?」

「生贄をしたそうじゃないか。いいものだったと喜んでいたようだ。おまえたちを噂している」

「わたしも?」

「怒らせたらヤバいとな。気を抜いていた精霊も一緒にやられたそうだ。笑いものらしいが」

「あなたが剣と僕たちを呼び寄せたんですね」

「剣は呼び寄せたが、おまえたちのことは知らない」

「え?では誰に使わせようとしたのですか?」

「自分だよ。しかし手に入れたものを見て、私は呆然としたよ。こんな凄まじい剣だとはな。もはや私に力は残されていない。しかしおまえたちが来てくれた」

「僕がすることなんですかね。あの調停のことは?」

「恐らく陛下は陛下で何か考えているんだろうな。今は私は異世界を管理することしかできない」


 壁が歪んで、半液の中から胴や腕が現れた。そして第一王子が言うには、この者が僕に話があるとのことだった。まだ半分は人の姿だ。


「剣は……」

「お姉さんとは話したのか?」

「少し話せた。僕は姉さんの腕の中で死ねた。あなたもお嬢さんも守ってくれてありがとう」


 彼は闇の沼に沈んだ。こうして人や獣は掻き混ぜられる。


「三つ眼族」

「レイだよ」

「私は疲れた」

「ずっと寝てるのに?」


 沈黙。何というアンバランスな会話なんだ。ずっと寝ているわけではなく、寝ているように見えても何かしている。もう長い歳月、門の番も疲れたということなのでは?


「奴に剣を渡してやれ。もうすでに使いこなせるだろう」

「第一王子」

 シンはレイを制した。この後のことは何とかしますので、他に外の二人に言うことはないですか。

 手招きで呼ばれた。

 突然、デコピンされた。


「もう少し躾けろ。おまえらがこの世を修整するんだぞ」

「彼女は自由です。この世界のことを預けられても困る。また僕たちが悪者です」

「気にするな。もう今の私はおまえにしか頼めないんだ。嫌なことなのは承知しているが」

「弟さんは御存知なんですか?」

「知らぬ。話す気もない。私一人でする気でいたのだ」

「城が滅んだ後、どうなるんですか?陛下や王子、姫は?」

「わからん。私とここに封じられた魂をしかるべきところに還してやってくれ。この者たちは我が城に尽くしてくれた」


 いつの間にかシンは耳を近づけて囁やきにも似た言葉を聞いていた。


「行ってくれ」


 シンは第一王子から離れた。


「二人には遠くの地で幸せになるように伝えてくれ」

「また寝るの?」

「ああ。おまえは頼もしいな。私の仕事は眠ることだ」

 

 レイは「二人は遠くの地で幸せになるように」と第一王子の言葉を伝えた。

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