剣
[レイ]
レイがセゴと現れた。
「仲良しだな」
「そんなんじゃない」
「シンこそ、また違う奴と話してたじゃない」
「あれはお姫様らしい」
「わたしは働いてる」
レイが、王宮内を案内してもらっていただけだと、むくれた。内廊内にある王宮はもっと強い結界に守られていて、いざとなれば王族などはそこまで退くことになる。
「そこからはどうなるの?」
レイはセゴを見上げた。
「我々が守ることになります」
セゴの言葉に納得できない。現実問題として、そこまで追い詰められれば負けている。城内は蹂躙され、王族だけが集まる空間で何をするというのか、レイはわからない。まさか城ごと転移でもできる!?
「あの一枚岩のことだけど、共和国軍は異世界からバケモノとやらを召喚したんだろ」
「そのことについてはレイ殿にも尋ねられました。でもどこにつながっているのかは国王陛下しか知らないとされています」
何とかここから異世界軍を出せば勝てるかもしれない。孤立無援ではどうにもならない。他の国からの支援もない。追い詰められてできることは和睦交渉しかないのでは?
「街の人は城と一緒に戦うの?」
「もちろんですよ」
セゴには自信があるようだ。人々に忠誠心などあるとは思えないんだよなと、レイは考えていた。いざとなれば逃げることに集中するのではないかなと思う。
「また来ます。そろそろ引き継ぎをしなければならないので」
「ありがと」レイは手を振った。
「いい人だな」
「ん?セゴ?入れるところは案内してくれた。後でわたしがシンを案内してあげる。姫様どんな人?」
「気が強そう」
「フィリとどちらが?」
「……剣を持ってた」
「何だ。考えごとしてたんじゃないのかあ。なら誘えばよかった」
「考えごとはしてた。姫様も日がな一日剣を持ってぼうっとしているから気になるんじゃないの?」
「戦争中だしね。でも何で戦なんてするんだろうね。話し合いで何とかならないのかな」
レイは女王の剣に気づいた。持ってきたの?と尋ねたので、シンは苦笑しつつ「日光浴だ」と頷いた。
「それなら鞘から抜いてあげないといけなくね?」
そりゃそうだ。シンは女王の剣を抜いて空にかざした。左で国ノ王の剣も抜いてやった。平等にね。
「シンを追いかけて来たのかな」
「僕だけ?」
「世界を託されたじゃん。言うこと聞かないから腹立ててるのよ」
威嚇するように空を飛ぶ怪鳥を女王の剣に映した。ぐっと背に駆け上がるものを感じたとき、照らし返された怪鳥が一瞬で炎に包まれた。
「シン、何したの?」
「何もしてない」
敵陣が輝いた。
割れた結界の間、光球が飛び込んできた。炎に包まれた怪鳥を砕いて威力が弱まったのか、とっさにシンが国ノ王の剣で斬り捨てた。割れた球体が放つ熱波が、結界内の土を焦がした。すぐに胸壁の下の結界石の虹の筋が蠢いて結界が修復され、二撃目はレイが跳ね返し、三撃目は結界が吸収しつつ跳ね返した。
結界が虹のように輝く中、レイはシンに驚きの表情を向けた。僕も同じ顔をしていたと思う。とっさに国ノ王の剣をレイに預けて、望遠鏡を敵陣に向けた。今まさに将はテントへと消えるところだった。
「シン、使えた」
「う、うん。何かコツがわかってきた気がする」
喜んだのもつかの間、何の前触れもなく胃から込み上げてくるものがあり、生臭さい血を吐いた。一気に体が重くなると、何とか胸壁に背を預けた。どういうわけか笑いがこみ上げてきて、レイを見た。近づこうとするのを手で制したが、そんなことは気にしないまま介抱された。
「シン!」
レイはシンに剣を使わせてはならないと考えた。シンは背を預けたまま尻から地面に落ちた。レイはシンの両頬を手で包んで、妖しく輝く眼を近づけてきた。
「おかしいな。今、何かがわかったような気がしたんだ。これだと気づいた。このまま使えない剣を持っていても戦えないじゃないか」
「もう喋らないで。お願い。こんなところで戦わなくていい」
「首がヒリヒリする」
「黙って」
レイが慌てて包帯を外すと、しかめた顔を背けた。お願いだから喋らないで。お願い。静かにして。
咳を我慢したが、我慢しきれずに咳き込むと、これでもかというくらい生臭い鮮血が出たところまでは覚えているが、今はベッドにいた。
「どれくらい寝てた?」
何とかかすれた声が出た。レイはベッド脇でうとうとしていたが、シンの咳で目覚めた。
「二日くらい」
「戦は終わってるとかないよね」
「街が攻められてる」
「風に当たれるかな」
わずかに開けられた窓際のカウチに体を横たえた。すでに中央広場付近も怪しい。市街戦なんてしているとは思わなかった。数歩歩くだけでふらついているのは見ていられない。塔の街で奴隷から逃げ出して抱いたときと同じだ。異世界へ来てまでも、こんなつらい目に遭わなくてもいい。レイは誰かを恨んだ。
「規模は小さいけど」
雲が流れる。風が心地よい。レイもシンと並んで、いつしか肺に溜まっていた淀んだ空気を入れ替えた。
シンが寝ている間、暑苦しそうな包帯を外して、薬草の湿布だけを何度も取り替えた。息をするたびに喉で空気が漏れているような音を立てていたので、怖くてしようがない。
「レイ、暗い顔してるね」
「何とかしてリングを外す」
「やめてくれ。リングがなければ首が跳んでる。レイのおかげで砕けずに済んでる。何か飲みたい」
レイはポットから深いカップに生ぬるいお湯を注いで、シンに飲ませようとしたが、彼は自分で飲んだ。
「苦っ。何だ、これ」
「薬湯」
「そうなんだ。苦さが喉から胃へ流れるのがわかるよ。軋むみたい」
カップをレイに渡した。飲んでみたかと尋ねると、飲んでいないと言うので勧めた。シンが治るために準備してくれたのだから、自分が飲むわけにはいかないと答えた。
「まあいいから」
「苦あっ!」とレイ。
「これ本当に治るのか」
シン冗談めいては笑った。ミアという薬師からは、回復のための栄養が入っていると伝えられていた。
「確か医療部の呪術科が調合したと話してた。ひどい味じゃん」
レイは舌を出した。
しばらく間が空いた。
シンは「剣は?」と尋ねた。
「陛下が見たいと」
「そうか。何となく扱えそうな気がするんだよ。言葉では言いにくいんだけど、何か気づいたというか」
「ダメよ」
「聞いてくれ」
「聞きたくない。あれはこの国が教会から借りたもの。もうシンには関係ない。陛下が使えばいい」
レイは早口で答えた。
「怒ってるのか?」
「うん」
「試したいことあるんだけどな」
「傷が癒えるまではダメ」
「体が覚えてるうちに」
「ダメ」
レイは湿布をわずかに剥がして指を突っ込んで傷口を調べた。激痛でもんどり打った。
「ほら」
「誰でも痛いわっ!」
「それに癒えてもダメ。二度と剣には触らない。約束だからね」
ノックが聞こえた。
レイがふわふわするのを感じながら、扉を開けて、薬師のミアを迎え入れた。ミアからはいろいろな薬の匂いがする。このミアがまとうと落ち着くような気になる。
「あ、飲んでくれたの?」
コップを見て笑った。
「でもね、一回にこんなに飲むもんじゃないわよ。量を飲むなら水で薄めるの。一緒に水を置いてたはずだけど。そのまま飲むなら親指くらいの量でいいのよ」
「レイ、間違えただろ」
「たくさん飲めばそれだけ早く治らないの?」
「そんなわけないわ。ちゃんと教えなかったわたしも悪いわね」
「わたしが飲ませてあげようとしたのに勝手に飲んだのが悪い」
「レイ、おもしろいわね。後でお水飲めばいいわ。シン、強いわね」
やさしく話しながら、ミアは一気に湿布を剥がした。
「レイ、寝た方がいいわよ。ずっとつきっきりなんでしょ?」
「わたしは平気よ」
「ダメよ。二人とも倒れたらどうするの。しばらくわたしが代わるわ」
「油断できない」
「わたしはこれでも薬学と治癒学の免状あるんだけどな」
「二人にできない」
「そこのベッドあるじゃない」
ミアは指差した。レイはなるほどと納得して、寝転んだ瞬間寝た。
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