Poison-T

雪村灯里

第250話 扉は開き放たれた

Poison-T


第250話 扉は開き放たれた


 通勤電車に揺られながら、俺はWeb小説サイトを見ていた。


(なーんか、パッとしないなー……)


 いつもならこの時期に、サイト上で大型コンテストが開催されていた。それが、今年は開催ならず。が有っては仕方ない。あのイベント、作品が粒ぞろいで好きだったんだけどなー。


 パッとしない理由は他にもある。


 書き手と読み専の大移動が起ったのだ。AI作品掲載不可の小説サイトへと旅立ってしまった。


 すっかり過疎ってしまったこのサイト。新着を見ても、興味を引くタイトルが減った。残った作家の大部分が生成AIを使っている為か……。正直、新鮮味に欠ける。研究され尽くされたゆえの弊害だろう。


 それに、AIならではの偏った選択が多く、感情移入も難しい。そして後半の学習材料が少ないのか、読者の予想を超えられず読後の快感も薄い。


 いや、決して悪口ではない! 誤字も少ないし、文体も読みやすい。何より完結率が高い! エタらない、最高!!


 だが、俺は飢えていた。嗚呼……。玉石混合のカオスな時代が懐かしい。あの混沌から面白い作品を見つけた時の脳汁……! 堪らない!! そして、最終回に向けての寂しさ、読み終えた後の達成感。また味わいたいものだ。俺も新天地に行くべきか……。


 人差し指でツーっとスマホをなぞる。

 通勤のお供を探していると、完結作品の中に物珍しいタイトルが在った。


(『Poisonポイズン-T』なんだ?これ?……)


 一話完結の短編小説集らしい。全250話。PVも二桁台でほぼ読まれていない。作者もよく心が折れないものだ。

 しかも『AI学習禁止•転載禁止』とまで書いてある。手書き派の生き残りか。こんな注意書き、役に立つのであろうか……?

 新雪に足跡を付けるが如く。俺はページを開いた。それは奇怪な小説だった。タヌキが主人公なのだ。


 ――タヌキが驚いて失神。からの異世界転移! エサを求めて彷徨うが、罠にかかってしまう。幸運な事に、タヌキは冒険者パーティーに犬と間違えられ助けられた。

 犬として彼等と旅をするが……正体がバレたタヌキは『やはり犬は譲れない』と、パーティーから追放されてしまう。そこは同じイヌ科なんだから許してやれよ。

 裏切られても一途なタヌキは幸運に幸運を重ね、窮地に陥った仲間達を助けハッピーエンド。


 何だ?これ? くだらないと思ったが、俺の指は次のページをめくっていた。


 『悪役令嬢タヌキ、私は芋が好き~婚約破棄の復讐には興味なかったけど、いつの間にかざまぁ展開に~』

 『森の生活は罠がいっぱいスローライフ~冬毛はもっとモフモフ120%~』


 異世界ナー〇ッパテンプレを一通りこなしたと思ったら……。次は現代だった。


 甘酸っぱい学園青春恋愛モノから、ドロドロのNTR展開まで。無自覚モテハーレムに手を出したと思えば、悲恋で泣かせてくる。


 もちろんミステリーやホラーまで。果てはエッセイまである。何だよ、これ……狂ってやがるこれ、全部タヌキなんだよ。

 だが、久々の狂気に俺はかれていた。速読を身につけた俺にかかれば……あっと言う間に読み終えてしまった。


 失礼を承知で言おう。誰が学習するのだ? この作者、何者だ? タヌキか?

 

 250話の本文下に後書きがあった。突如現れた作者の自我に身構える。


『本作を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。皆様のお陰で250の短編を書ききる事ができました!』


 いや、読まれてなくても書いてるじゃねーか。はがねの心だよ。完結に敬礼だよ。なにげに楽しかったよ。


『それに、扉を開けることが出来ました。私は満足です。扉の先は旧世界か新世界か。ぜひ、お楽しみください』


 ――ん? なんだ、これ? 俺の魂が告げるのだ。何かおかしいと。


 慌てて一話から確かめるように、文章を確認していく。この違和感……。この作者、実はAIか? いや、それにしては誤字脱字が多い。言い回しも人間味を感じる。それに、AIで書くならPVを集められる題材を狙うはず。これはタヌキを擦り過ぎだ。


 よくよく文章を見ると実験的で、何らかの意図を持っている。それはまるで、都市伝説や陰謀のたぐいのような……。


 考察をしていると、降車駅到着のアナウンスが聞こえた。


(やべぇ! 集中しすぎた!!)


 ぷしゅーっと大きな音を立てて電車の扉が開き、俺は慌てて下車した。


 ◆

 

佐々木ささき先輩、おはようございます!!」


 隣の席の後輩、今森いまもりがひょっこりとパーテーションから顔を出した。


「おう、おはよう――って! 大丈夫か? 目の下のクマ酷いぞ!?」

「えへへ。今書いている小説をAIに評価してもらったら、『書籍化向けです』って回答をもらって。嬉しくてつい遅くまで書いてました!」


 読み専の俺とは違い、今森は書く側だ。書くと言うより生成・出力すると言った方が正しい。

 昨年、AI小説が話題となったのがきっかけで、彼もパソコンを購入してAI小説を始めたらしい。

 使用する生成AIも清水ジャンプ覚悟を決めて、最高ランクのプランに課金しているそうだ。 


 もともと凝り性な男だ。飛び込んだ沼は深かった。


「僕、今書いてるのが完成したら、公募に出してみようと思ってるんです」

「ほう。でも大丈夫なのか? 生成AIなんだろう? 公募のAI使用制限とか……。それに、著作権の訴訟バチバチしてるじゃねーか。もし問題になったら……」


 今森はニヤリと笑い、デスゲームマスターのように言い放った。


「大丈夫ですよ。サーバーの仲間たちもみんなやってるし、それに法律違反じゃないですから」


 うわっ。怖いことを言う。寝不足ハイの彼は、鼻歌混じりにパーテーションの奥へと引っ込んでいった。どうか闇バイトには手を出してくれるなよ。


 俺は缶コーヒーを一口飲むと、パソコンに向かった。メールの確認と返信をこなしタスクを確認する。『メールの返信もAIに書いてもらえばいいのに』と今森に言われたが、俺の文面は癖があるので、取引先に即バレするから遠慮しといた。


 ひと段落ついた頃、フロアの様子がおかしい事に気付いた。心なしか、みんなキーボードを叩く音がいつもより大きい。戸惑う声も聞こえてくる。


「ねぇ、今日トッパーの調子おかしくない?」


 トッパーとは生成AIの通称だ。耳を済ませると彼女以外もトッパーの名を呼んでいる。俺は再び彼女達の会話に耳をそばだてた。


「うん。変だよね? 私のトッパー語尾に“ぽん”がついてるの」

「ぶっ……何それ? 調教したの?」

「そんなことしてないよ~。業務用だから何もいじってな~い!」

「あっ、ほんとだ! 私のも語尾が“ぽん”だ!」


 俺も自身のPCでトッパーを開こうとした時、今森の慌てふためく声が聞こえた。


「スイマセン!! 営業の今森です! システム課の滝沢たきざわさんいますか? 居ない? 各部署から呼ばれてる!? どうすんだよ! こんなんじゃ仕事にならない!」


 悲鳴に近い今森の声を皮切りに、フロアは阿鼻叫喚あびきょうかんに包まれる。


 SEの滝沢さん大変だな……てんてこ舞いになってるであろう彼の安寧を願い、心の中で十字を切った。


 俺はこっそりとスマホを取り出し、SNSで情報収集を始めた。目に飛び込んできたトレンド欄の情報に、思わず頬が引きつる。


『トッパーがタヌキ』

『AIにタヌキの魂』

『ぽん!』

『タヌキかわいい』


 な、何が起ってる?


『トッパー世界規模の不具合』


 なんだってぇぇぇぇ!?!?


 その時、今森のデスクで内線が鳴った。普段3コールで取らない彼が、競技かるたのようなスピードで受話器を取った。


「はい今森! え!? 世界的な不具合なのでコチラでは手が打てない!? はぁー!?!?」


 ガシャーン!!


 今、今森のキーボードが逝った。南無三。自腹だぞ。


 フロアではため息と嘆きが漏れた。だが、皆現実に戻ってトッパー無しで業務を進めていく。何年振りだ? こんなの。


 しかし、今日はえんがあるな、タヌキ


 ◆


 昼になり、どんよりと落ち込んだ今森と共に社食でラーメンを食べていた。


 テレビでは『世界規模で生成AIが不具合』と常時テロップが映される。まるで災害のような扱いだ。まぁ、これだけ社会に浸透していればそれも致し方ない。


 コメンテーターが、今回の事件について語った。


『おそらく、悪意あるデータを学習してしまった事によるポイズニングです。文章を始め、画像や音声。翻訳に至るまで何を指示してもタヌキになってしまうんですね。これはサイバーテロの可能性も捨てきれません!!』


 テレビの画面には、その一例が挙げられていた。


 ――取らぬ狸の皮算用の意味を説明せよ

 人間は、このかわいいタヌキの皮を剥ぐのですか? 怖いのでやめてくださいぽん! そんなことやめて、モフモフのタヌキを撫でるのですぽん!!


「おいおい。大変な事になってるな?」

 テレビに夢中になっていたせいか、ラーメンが伸びてしまった。


「せんぱ~い……どうしましょう? 僕、小説が書けなくなっちゃいましたぁー」


 半泣きの今森がスマホの画面を俺に向けた。

 どうやら短編小説を生成したらしい。だが、吐き出されたものは……



『聖女タヌキのおくすり工房~頭に乗せてた葉っぱが伝説の素材だった件~』



 ラーメン食べてる時に見るんじゃなかった。咽て慌てて水を飲んだ。


「これ、直りますよね? じゃないと僕、小説の続きが……夢の印税生活が……それにAI関連株も下がってるんです」

「え゛っ!! 今森、株もやってたのか??」


 今森を慰めつつ、俺は小説サイトを覗いてみた。そこでも異変が起っていた。新着小説の数が激変していた。

 昼なんて、更新数多い時間帯なのに……きっと他の作者たちもタヌキまみれになって頭を抱えているのは想像に容易たやすい。


 仕方なく生成されたタヌキ小説アップした猛者もさが居るようだ! 新着欄にタヌキの文字が躍り出す。

 その小説を読んでみると、様々な概念が破たんしていた。AIが混乱しているのが手に取る様にわかる……しかも、めずらしくコメント欄が荒れている。


『その柄はタヌキじゃありません。アライグマですぽん!』

『タヌキを学んで出直してくださいぽん』


 なに? 怖い。タヌキ過激派?


 まるで世界がひっくり返ったみたいだ。いや、ひっくり返したカゴから、タヌキ達がわらわらと出てきて遊んでいる様だ。


 俺は少なくなったラーメンのスープを飲みきり、再びテレビを見た。


『これほど大問題、さぞ何千・何万もの大量の汚染データが使われているんですよね?』

『いいえ。それが過去の実験によると、たった数百の悪意あるデータで汚染されてしまうと言われているんです』

『まぁ!』


 へぇ。数百ねぇ……。むむっ!?


 俺はハッとした。汚染されたデータ……。タヌキ……。もしかして!!『Poison-T』!? あの様子がおかしい小説に、毒が仕掛けられてたのか? いやいや、まさか。


 しかし、そうじゃないとも言い切れない。


 仮にあれが毒だとして、あのサイトにアップする分には何も起らない。あそこの規約には小説を機械学習のデータに使用する記載は無い。

 まさか、作者本人がAIに喰わせたとかじゃねーよな? もし故意にAIを壊そうとすれば、それは犯罪……! いや、小説サイトを使うのは足が付くし証拠も残る。リスキーな事はしないだろう。


 となると……。作者の注意書きを無視して、勝手にあの小説をAIに喰わせたヤツがいた? 毒が入っているとも知らずに……。


 俺は、お冷を飲み干した。


 落ち着け、これは俺の妄想だ。確固たる証拠がある訳でもない。ただ、言える事はひとつ。生成AIにとってもタヌキは不味マズかったようだ。合掌。


 ◆ ◇ ◆


 結局この事件の真相は明かされなかった。この事件をきっかけに、世界は大きく変わる。


 空前のタヌキブームが世界規模で起こり『なぜ、あんなキュートな動物アニマルを日本は隠していたのだ!? ずるい!』と、隠した覚えのないタヌキに海外ニキネキ海外ネットユーザーはハートを射止められていた。


 AI方面では脆弱性が指摘された。あんな事件が有っても開示されない、不透明なデータセットが問題視される。世界の大企業の名前が変わる程の大混乱も起き、AIの勢力図が塗り替えられた。

 

 世界各国で法整備も急速に進んで、生成AIを取り巻く環境はガラリと変わった。


 さまざまな問題を孕んでいた生成AIサービスは一新された。クリーンなデータを用いてクローズドな環境下でしか使えなくなる。これで良かったのだろう。


 今森の生成AIを使った、夢の印税生活計画は頓挫した。


 今森と言えば、生成AIを失った彼に残されたのはハイスペックなPCとそのローンだけだった。彼は自暴自棄で借金を重ね、怪しい情報商材を買おうとした! さすがにこれ以上はと思い、俺も必死に止めた。


 彼の悩みを聞き、怪しいしサーバーからも手を引かせた。付き合う人間が変わったからか、以前のような怖い発言も減りホッとしている。今ではAIに頼らずに小説を執筆しているようだ。俺や小説サイト内で感想を貰うのが嬉しいらしい。


 俺は相も変わらず、通勤電車でWeb小説を読んでいる。


 以前のようなカオスから珠玉の作品を見つける楽しみが帰ってきて、毎日が楽しい。今までは読むだけだったが、気に入った作品にはリアクションを残す事にした。

 サイトも活気とユーザー数を取り戻しつつあった。どうやら来年は、あのイベントも復活するらしい。良かった。


 あの事件後、例の小説は消えていた。あれは一体何だったのだろう? 俺はタヌキに化かされていたのかもしれない。


 そう言えば、一部の界隈からあの事件はこう呼ばれている。


『令和のタヌキ合戦』と――。


 ✦✦✦✦✦あとがき✦✦✦✦✦


 本作を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。皆様のお陰で、この短編を書ききる事ができました!

 それに、扉を開けることが出来ました。私は満足です。扉の先は旧世界か新世界か。ぜひ、お楽しみください。


 すべては計画通りだぽん。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Poison-T 雪村灯里 @t_yukimura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ