23

 あのビル火災が起きてから、20年という月日が経った。


 歌舞伎町はここ数年で大きく様変わりした。

 コマ劇場跡には、東宝のビルが建った。ゴジラのはりぼてがビルの屋上から顔だけ覗かせている。東宝といえばゴジラというのが、どうにも陳腐だ。長嶋茂雄ながしましげおを引っ張り出せば巨人軍の伝統を誇示できると思っている連中とそう大差ない。

 東宝ビルのすぐ隣、かつてミラノ座が入っていた場所は現在工事中だ。再来年には東急の歌舞伎町タワーがオープンする予定になっている。ホテルや各種エンタメ施設から成る高層ビルで、高さ225メートルのビルになるのだという。

 旧ミラノ座前の広場は段差がなくなり、フラットな広場へと姿を変えた。最近はファンシーな髪の色をした少年少女が集まるようになった。夜になると地べたに座って、缶チューハイと向精神薬をちゃんぽんに飲んで騒いでいる。「トー横キッズ」と呼ばれる子どもたちだ。耳をそばだてると、方言も聞こえてくる。関東周辺だけでなく、全国から行き場を失った子たちが集まってくるようだ。


 いつものバーでおれはるみかさんと飲んでいた。

 照明は相変わらず明るく、テーブルもよく磨かれていた。

 るみかさんは照明が明るいことを嫌がった。

「あと4年もすれば還暦でしょ。最近、鏡を見るのも嫌になってきたよ。老いを直視するのは憂鬱だし、老いを意識されちゃうのも嫌なんだよね」

 おれだって胸毛に白いものがまじってきた。るみかさんの言いたいことはよくわかる。風呂に入ろうと肌着を脱ぐたび、さびしい気持ちになる。


 るみかさんと会うのは2年ぶりのことだった。去年は緊急事態宣言も出てそれどころではなかった。例の嫌がらせウイルスはいまだ猛威を振るっている。


「なんで、あんな場所に唐揚げ屋を出したの?」

 るみかさんはおれに訊ねた。

 あんな場所というのは、あのビルの跡地のことだ。2017年に背丈の小さなビルが建ち、おれは2019年の秋に1階に唐揚げバーを開くことにした。AV屋は畳んだ。

「あいつが帰ってくるのをただ歌舞伎町で待っていても仕方ないからね」

「どういうこと?」

「おれもるみかさんも、あいつを待とうと約束したんだよね」

 るみかさんは頷いた。

「だからこそ、あそこで待とうとおれは決めたんだ」


 早咲を友人として許さない。殴らないといけない。おれは20年前にそう決意した。

 るみかさん、つまり矢神瑠美やがみるみさんも姉として弟の早咲昇はやさきのぼるを許さないと決意した。

 毎年2人で逢って、その気持ちがブレないように確認しあっていた。

「おれは友人として、あの場所であいつに責任を取らせなきゃいけないんだ」

 おれの決意はいまだ揺らいでいない。


 おれはそこで酒を頼んだ。クーバリブレを2杯注文した。

「スプモーニだっけ。昔はよくあれを飲んでなかった?」

 るみかさんがおれに訊ねた。

 おれはあの日以来、スプモーニを飲むのをやめ、クーバリブレを飲むようになった。

「スプモーニはまだとっとくさ」

 るみかさんは不器用そうに微笑んでいた。

 おれはマスターにひとつだけ注文した。

「おれのはスプーンで2、3回ステアしてくれ。ドライなのが好みなんだ」

 今ではスプモーニよりも付き合いが長くなった。飲み方も心得ている。

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君は友だち 浅生圭吾 @shooter_asou

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