14
AV屋を閉めた後も、おれは店でひとり作業を続けた。
酒が抜けるまで、車に乗って帰るわけにはいかない。サインペンを使って、ひたすらPOPを書き続けた。
夜1時になろうとしていた。酒はとっくの昔に抜けていた。
おれは窓を開け、煙草を口にくわえると火をつけた。煙をビルの外に向かって吐いた。
外をなんとなく見つめた。煙草から立ち昇る白い煙の流れを目で追った。
金曜夜の歌舞伎町はいつにも増して騒がしかった。
粗い肌触りの風が吹いていた。風がまちを揺すっていた。
叫び声がきこえた。たくさんの人たちが叫んでいる。
白い煙が風に吹き流されてやってきた。煙草の煙なんかじゃない。
やがて、煙は黒くなった。黒煙が歌舞伎町の空にとぐろを巻いていた。
おれは戸締まりを済ませてビルから急いで出た。
歌舞伎町一番街の方角が騒がしい。歌舞伎町はいつにも増してまぶしい。
じっとしていられず、おれは走った。
粘るような空気がざわめきにまとわりつき、まちは風に鳴っていた。
一番街に人だかりができていた。新宿駅に向かって走って逃げている者もいる。
地上4階建てのビルが黒い煙に包まれていた。空気が灼かれていた。
「空から人が降ってきた!」
携帯電話に向かって叫んでいる人がいた。泣きながら叫んでいる。
「3階から火が出ている! 何人か3階から飛び降りたみたいだ」
「おい、早くしてくれ。火がどんどん回ってる!」
野次馬がどんどん集まってくる。サイレンの音も遠くに聞こえる。
鼠の群れが走って逃げていた。
野次馬たちは咳をし、口元を手でおさえ、皆、表情を欠いていた。
黒い煙がまちを蹴散らしている。
おれはハイパーキャミが入っているビルの前で立ち尽くしていた。
太く暗い煙の匂いが変わった。命が灼かれている匂いがした。
おれはなにかを叫んだ。多分、「ふざけんなよ」か「ちがうだろ」のどちらかだ。
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