第31話 いざ、迷宮へ

「めっちゃ楽しい!!」


アホみたいに身を乗り出して周りの景色を見ている僕に、

さすがのカイルでさえ呆れ顔だった。


ダンジョンへ向かう乗合馬車。

こんなものがあるなんて思いもしなかった。


リベル・オルムで一泊した僕たちは、

早速ダンジョンへ出かけることになった。


昨日のお疲れ様会も楽しかったが、

早朝、カイルとリシアに起こされ、半ば強制的に連れてこられたのが――

ダンジョン行きの乗合馬車の行列だった。


リベル・オルムから各ダンジョンへは、

石畳の道路がきれいに敷かれている。

冒険者たちは、まさに“通勤列車”のようにそこを通ってダンジョンへ向かうらしい。


そんなことを知らなかった僕のテンションは爆上がりだった。


ただ馬車に乗るだけでも楽しいのに、馬車は駆け足で疾走する。

周りにいるのはいかにも強そうな騎士、

ゴツい戦士、魔法使いのようなローブ姿の人たち。


これから向かうのは死地かもしれない。

それでも、やっぱり楽しい気持ちは隠せなかった。


健康な体。

異世界。

ダンジョン。


――死ぬだけだった僕は、これ以上何を望む必要があるんだろう?


駆け出しの冒険者がまず挑むのは《風見の迷宮》からだという。


この迷宮は、何十年も前に最深部まで攻略済みで、

フロアボスも討伐されているらしい。


モンスターはまた湧くが攻略法が完全に確立されていて、

最下層までのマップさえ作成済み。


貴族が護衛を引き連れて“お遊びで”潜るほどの迷宮――だという。


それでも――

ダンジョン内部の魔物は全部本物だから、気を抜いたら殺られるよ?

とカイルは言った。


確かに……僕は、浮かれすぎかもしれない。


***


遠くから見たときもデカかったが、

近くで見ると、ひときわデカい。


ダンジョンの魔物の数が一定数に達すると引き起こされるスタンピード――

魔物の群れが押し寄せる大災害。


それを防ぐために作られたのが、この塔だ。


魔物を防ぐための特殊防衛術式や、

さまざまな仕掛けが隅々まで施されており、

人類の叡智の結晶と言われている。


---


塔の周りには、冒険者向けの商店や宿屋が軒を連ね、

塔を中心にひとつの“街”が形成されているようだった。


リベル・オルムと違って、

ここには魔物から身を守る外壁がないため危険も多い。

だが地方から来た者や、お金のない者が集まり、

自然発生的に今の姿になったという。


あまりにも無秩序に広がったため、

最近になってようやく規制が入りはじめたらしい。

それでも、ここで商売を始めたり住みついたりする者は後を絶たない。


---


「ユウさん、ここじゃ街のルールは通用しないから気をつけて」


カイルはいつになく真剣な顔で言った。


塔の周囲の街は、

そもそも“街として認められていない”。


ギルドの自治組織も、リベル・オルムの自警団も基本いない。

リュミナートから聖騎士が視察に来ることもあるが、

それはあくまで“塔そのものの視察”であって、

塔の外は完全に対象外だという。


つまり――


最近規制こそ入り始めたものの、

塔の外に広がるこの街は、

平原に旅人が勝手に建物を建てている状態に過ぎず、

実質的に治外法権。


五大国それぞれの力関係も絡み、領主の置けないここでは、増えすぎた人々すべてを管理しきれていないというのが正確らしかった。


---


「ほら、見て。あそこの露店で売ってるの、多分ニセのポーションだよ」


格安で売られているポーション。

カイルいわく、あれはほぼ偽物。


けれど、明日には露店も店主も、

跡形もなく消えているだろうとカイルは言う。


偽物を掴まされた冒険者が、

黙って許すわけがない。


平原で“魔物に食われました”で終わることも珍しくない場所なのだ。


騙す方も、騙される方も、命懸け。


ここでは、残酷な“自浄作用”が働いている。

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