第30話 アルカナ家の息女

話し終えて、

ユノは腕を伸ばしながら肩を鳴らした。


「とはいえ、俺たちにどうにかできる問題でもないんだかな」


そう言ってハハッと笑う。


気になったことはほっとけない質なんだ――と、軽く言い残し、席を立つ。


それからリサのほうへ視線を向け、


「そういうわけだから、変種ゴブリンの報告の件、頼んだぜ。

 リサリエル・フォン・アルカナ様」


ヒラヒラと手を振り、酒場を後にしていった。

何のことか分からない僕とは違い、カイルはその意図を理解したのかリサと出て行ったユノとを、何度も交互に見て。


そして、


「やっぱ……あの噂、本当だったんだ。

 いや、ほんとだった……ですか?」


と、妙に崩れた敬語でリサに話しかける。


リサはワナワナと肩を震わせると――


「あいつ……最初から丸投げするつもりだったわね……!」


ドガン!! と机を両手で叩いた。


分厚い木製の机が“ほんの少し跳ねた”ように見えたのは、きっと気のせいではない。


リサはカイルに向き直ると、


「別に隠してるわけじゃないけどね!

 ただでさえ面倒事が多いんだから、そこらでベラベラ喋んじゃないわよ!!

 ガキンチョ!! ギルドには“私が”報告してあげるから!!」


と、来たときと同じ勢いでドスドスと怒りをあらわにしつつ、酒場から出て行った。


……なんだろう、台風みたいな二人だった。


ぽかんとしている僕を横目に、

相変わらずリシアは素知らぬ顔で、

いつの間に出されたのかも分からないクッキーをつまんでいた。




***




アルカナ家はローレン王国の侯爵家で、王家の血をも引く名家だとカイルが教えてくれた。

魔法に深い造詣を持ち、“魔導侯爵”とも呼ばれる古い血筋。


リサの凄まじい魔力量から、その家との繋がりが噂されることはあったが――

「アルカナ家の息女が冒険者なんてやっているわけがない」

と、一笑に付されていたらしい。


事実は小説より奇なり、だ。


あのリサの反応を見る限り。


カイルは興奮気味に言った。


「まじでそーなんだよ!」


僕には、この世界の事情は分からないままだからカイルの興奮も情熱も分からない――

それよりも心に引っかかることがあった。


「リシア……魔の平原の異変って……」


そちらの方が、ずっと気がかりだった。


風の祠に戻れば、状況を見に行くことは可能ではないか。


僕の心配に、リシアは静かに頷いた。


「リシアも独自調査をしようと考えております。

 どうぞご安心を」


あのゴブリンが出た、その時点から既にリシアは察していたらしい。


ただ――続けた言葉は現実的で厳しかった。


「今のリシアたちが向かったところで、どうにかなるものではございません。

 仮に異変を見つけたとして……誰が信じてくださいますか?」


言われてみれば、その通りだ。


アルカナ家に力があるのなら、

正面から動けるのは(リサの存在も含め)ユノとリサの方だ。


リシアの見解は明確だった。


「まずは実績を積みましょう。

 そうしなければ、ユウの言葉にもカイル様の言葉にも、何の力もございません」


至極真っ当な意見だった。


僕も、カイルも、反論できず黙り込む。


まずは――冒険者として、

実力と実績を積み重ねなければ、何もできない。


その事実だけが、痛いほど胸に落ちた。


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