第3話「墓前での一家団欒」
翌朝、ジークが目覚めるとすでに10時を過ぎていた。
「んあ……もうこんな時間か……」
怠い体を起こしてリビングへと向かうと、そこにはケインの姿があった。
「お、ケイン。帰ってたのか?」
目を擦りながらジークは声をかける。
「おはよう、兄ちゃん。その様子だと酔いつぶれるまで飲んだんだな。はい、これ」
ケインがそう言ってジークに水の入ったペットボトルを渡す。
「あ、ああ……。ありがとう……」
ジークはそれを受け取ってゴクゴクと飲み干すと、ふぅ~っと大きく息を吐いた。
「そういうお前はあんまり酒残ってないみたいだな。盛り上がったんだろ?」
「ああ、久しぶりにバカ騒ぎした。でもおれたちももう来週から社会人だからな。飲み方を考えようと思ってさ」
ケインの言葉に耳が痛いジーク。
全く悪気はないだのが、その立派な考え方は、今の二日酔いの兄にはグサグサと突き刺さるのだった。
「そ、そうか。それよりも朝飯は食ったのか?」
話題を変えようとジークが言うと、
「あはは、当たり前だろ? もう10時過ぎだし。7時半に食べたよ」
爽やかに笑いながらケインはそう答えた。
(こ、こいつ、俺より遅く帰って来たのに、規則正しく起きて朝ごはんを……。我が弟ながらやっぱりすごいな……)
ケインの解答に再び撃沈するジーク。
「で、今は来週の初出社に向けて自習中なんだ。少しでもいいスタートを切れる様にね」
彼の手元には、ノートと資料が置かれている。
その真っすぐに努力する姿勢に完全に打ちのめされたジークは、
「そ、そうかぁ。せ、精が出るなァ~。俺、もうちょっと寝るわ……」
と、精魂尽きた顔でトボトボと寝室へと向かって行った。
「
二日酔いなら二度寝もありだけど、午後の予定を忘れないでくれよ? 今日は出掛けるんだから」
ケインはそんな兄の背中にそう呼びかけた。
「んん? ……あぁ、そうだな。昼までには起きるわ。起きなかったら起こしてくれぇ~」
後ろ手を上げて、ジークは言った。
「完全に忘れてたな、あれは……」
ケインはその姿を見送りながら、困ったように笑いながらつぶやくのだった。
部屋に戻ったジークは、再び布団に潜り込む。
「やっぱり布団が一番だ……」
そしてスヤスヤと眠り始めるのだった。
「……いちゃん、兄ちゃん! もう昼だぞ?」
それからしばらくして、ジークの部屋にケインがやって来た。
「んん~、あと5分……」
「ダ~メ~だ。着替えして、顔洗ってくれ。それからその伸び放題のヒゲも剃る!」
そう言ってケインは、布団を引きはがす。
「あ~、俺の安息の地がぁ~」
ジークが情けない声でそう言うと、
「はいはい、安息の地はまた今度な。ほら、早く」
とケインに促されて渋々着替え始めるのだった。
そして顔を洗ってヒゲを剃るジーク。
(ヒゲ剃るのなんていつぶりだ?)
準備を終えて軽めに昼食を食べた2人は、家を出る。
「うぉっ、眩しっ……」
ジークは外に出ると、太陽の日差しに思わず目を細める。
「兄ちゃんもたまには夜じゃなくて、日中に外出た方がいいぞ」
「ん、そだな」
ジークは少しバツの悪そうな顔で、ケインの後についていく。
列車とバスに揺られること、1時間半。
2人は、大きな霊園にたどり着く。
「年明けに1回来てからだから、ちょうど2ヶ月ぶりくらいか?」
大きな霊園の中を2人は並んで歩く。
そして1つの墓石の前にたどり着く。
「お墓の掃除、しっかりしとかないとな」
ケインが墓石をきれいに磨き始めると、ジークも隣で手伝い始めた。
そして一通り作業を終えて、線香に火をつける2人。
『ハワード家』
と書かれたその石碑の前で、目を閉じる。
少ししてから目を開けると、ケインは口を開いた。
「……父さん、母さん。おれ4月から社会人になるんだよ。やっと世界政府で働ける。それにね、もうすぐ結婚するんだ」
2人の眠っている石にそう報告をするケイン。
そんな弟の姿を見て微笑むと、ジークもまた両親に報告する。
「父ちゃん、母ちゃん、ケインと違って俺の方は相変わらずで~す。だけどそれなりに楽しくやってるよ~」
手を合わせながらそう言葉にすると、隣でケインが吹きだした。
「ぷふっ! なんだよそれ、ははっ! もうちょっとあるだろ? 就活とかバイトの報告とかさ」
「別にいいんだよ~。俺はいつも心の中で2人に話しかけてるから、もう報告することなんてないのだ」
そう返して、ジークも笑い出す。
両親が眠る墓の前で、かつての一家団欒のように笑い合う2人。
「父さん、母さん。おれ、頑張るから! 今度来るときは、おれの許嫁も一緒だ。2人が覚えてるのは小っちゃい頃の彼女だろ? 素敵な女性になってるから楽しみにしててくれよな。じゃあ、また」
再度手を合わせてケインはそう言うと、立ち上がった。
「よしっ、じゃあ行くか」
と歩き出すケインに、ジークが言う。
「おう、先に行っててくれ。俺、もう少ししてから行くわ」
そう言って墓を見つめるジーク。
「そうか……。じゃあ先に行って待ってるよ」
ケインが歩き出してしばらくすると、ジークは墓石に向かって話し始めた。
「……父ちゃん、母ちゃん。ケインは夢を叶えたよ。2人を助けられなかったあの日以来、あいつも俺もずっと後悔してて……。だけどあいつは前を向いて立派になった。……俺は全然ダメだけどさ。ケインのこと守ってやってくれよ。これからずっと夢見ていた仕事を始めて、結婚まで控えてるんだから」
ジークは墓石に向かって笑いかける。
「じゃあまた来るよ、2人とも。大好きだよ」
最後にそう呟くと、ジークも霊園を後にしたのだった。
霊園の入り口でジークを待つケインと、霊園を出ようとするジーク。
そんな2人を見守るように、霊園の近くに生える1本の桜の樹がサワサワと優しい風に揺られているのだった。
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