第2話「笑顔の裏に残る約束」
それから15年の月日が流れ、ジーク・ハワードは27歳、弟のケインは22歳になっていた。
この年、大学を卒業したケインは念願であった世界政府の環境省に、晴れて就職することになった。
大学在学中から、その運動神経と明晰な頭脳を買われて就職の打診を受けていたのだが、大学はしっかり卒業したいからと断っていたのだ。
そしてついに大学を卒業し、来週から世界政府の職員になる。
「ふあぁ~……あ~、ねみぃ~」
一方のジークはと言うと、大学在学中から世界政府の試験を受け続けるもことごとく不合格になっていた。
世界政府の試験の勉強をしながら、アルバイトをしたり辞めたりを繰り返して、その日暮らしの生活を送っていた。
「『俺は国防省に入って、アデルさんと一緒にこの世界を平和にする』ってずっと言ってたんだし。諦めないで頑張った方がいいよ」
ケインはいつもそうやって、兄であるジークを励ましてくれていた。
だがそう言っていた彼の方が先に、しかも世界政府からスカウトを受ける形で就職が決まってしまった。
ベッドに寝転がり、天井をボーッと見つめるジーク。トントン、と彼の部屋のドアをノックする音がする。
「……兄ちゃん、おれ友達と飲みに行って来るけど。帰りになんか買って来る?」
ケインだった。
就職までの残り少ない自由時間を、友達と楽しんで来るのだろう。
「ん~、いや……大丈夫だ。俺に気を遣わず、ゆっくり楽しんで来いよ」
「そう? じゃあ行ってくる。なんかあったら連絡して」
ケインはそう言うと、手を振って家を出て行った。
ほんの少しだけ、寂しさが心の隅をかすめた。
ジークは無精ひげを弄りながら遠い目をしてつぶやく。
「……先、越されちまったな」
部屋に戻った彼は夕飯の準備をしようと冷蔵庫を開ける。
中には調味料と様々な食材があったが、どうにも料理をする気にならない。
「コンビニでなんか買って来るかな……」
ジークは財布を手に持ち、ズボンのポケットにスマホを放り込んで外に向かう。
外に出るともう春だと言うのに肌寒かった。
街ゆく人たちも厚着をしている人が多い。
スマホで時刻を確認すると、まだ19時前だった。
コンビニに入ったジークは、おにぎりと漬物、つまみになりそうな乾きもの、缶ビール2本と安いボトルの酒を1本手に取り、レジへと向かう。
ホットスナックを1つ注文して、料金を払い終えるとコンビニを出た。
家に帰る途中、昔よく遊んだ小さな公園の傍を通りかかる。
(そういや、しばらく来たことなかったな……)
ジークは誰もいない静かな公園のベンチに腰掛ける。
そして、家でテレビを見ながら飲もうと思っていたビールを1缶取り出すと、プシュッとプルタブを開ける。
一口飲むと、ふぅ、というため息が漏れた。
「俺、何してるんだろうな……」
そんな独り言をつぶやきながら、彼は公園から見える景色を眺める。
ジークはふと、この公園でケインと戦闘ごっこ遊びをしたあとに、2人で交わした約束を思い出した。
『俺は絶対に国防省の省長になってみせる!』
『じゃあおれは、環境省の省長だ!』
幼い兄弟は拳を突き合わせる。
『約束な! 兄弟で省長になるぞぉ!』
『おーっ!!』
笑顔で交わした2人の約束。
(お前は嘘をつかなかったな、ケイン。俺は……)
風が吹いた。街灯の下で、桜の花びらがひとひら舞う。
その一瞬だけ、昔に戻ったような気がした。
けれどすぐに現実が追いかけてくる。冷たい缶の感触と、微かに苦い酒の味と一緒に。
ビールを一口飲むと、彼は小さくつぶやいた。
「……約束を守れそうにねぇかも……」
そう口にするとなんだか悔しさやら情けなさやらがこみ上げてきて、彼はビールを一気に飲み干した。
そして夜の公園をあとにするのだった。
家にたどり着いたジークは、テレビを点けると買って来たおにぎりやら惣菜やらを取り出して再び晩酌を始めた。
おにぎりを齧り、惣菜の唐揚げを口に運ぶ。
「……あ、この唐揚げうめぇ」
ジークは1人でそんなことをつぶやく。
「そういやケインのやつは今頃、友達と楽しく飲んでるのか……」
ふと、そんなことを考えながら部屋の鏡に目をやる。
そこには箸で唐揚げをつまみ、片手にビールを持った無表情の自分が映っていた。
「……べ、別に宅飲みだって楽しいしぃ! 外で誰かと飲むと気使うからなぁ! 俺はこうやって1人で飲むのが好きなんだよ! うん!」
誰も見ていないのに言い訳をするようにそう言って、またビールを口に運ぶ。
1時間が経つ頃にはすっかりできあがっていたジーク。
買って来たボトルに手を伸ばしたが、すでに空になっていた。
「あ~……。買いに行くのもめんどくせぇけど……」
ジークはそう言ってから、ふと思い立ったように立ち上がったかと思うと、財布を持って玄関に向かう。
そして靴を履いてドアを開けると、再び夜の街へと繰り出したのだった。
レジ袋が重い。酒の数だけ、言い訳が増えていく
「いやぁ……1人酒って、こういう夜にはやけに染みるなぁ」
ふと、スマホの通知音が彼のポケットから聞こえた。
ジークは立ち止まってスマホを確認すると、ケインから送信されたメッセージだった。
『ユウちゃん、シンちゃん、ツネ、おれもみんなも来週から新入社員で、緊張してる(笑) 学生気分最後の記念写真!』
一緒に送信された写真には、ケインが幼い時からの大の仲良しのみんなと写っていた。
酒を片手に肩を組みみんなで変顔をしているが、どこか緊張しているようにも見えた。
ジークはそのおかしな写真に思わず、ぷっ、と吹き出すと、
「たくさん飲んで語って来いよ! あとみんな緊張しすぎだろ(笑)」
とメッセージを返した。
今でこそあまり会う機会が無くなったが、子供の頃はケインの親友たちとも仲が良かったジーク。
「ケインだけじゃない……みんなも成長してるんだ。ほんと立派になったな」
ジークは写真を眺めながら、そうつぶやいて再び歩き出した。
家に着くと、嬉しさ半面、寂しさ反面の気持ちのまま、酒で全てを洗い流そうと飲むペースをさらに上げた。
「あっはっはっは! たしかにたしかに!」
ジークは手を叩いて笑う。それは誰かの話にではなく、テレビのタレントがする話に。
「いやいや、そりゃあやりすぎだって、はっはっは!」
お酒を片手にテレビのタレントにツッコミをいれる。
すっかりご機嫌になりテレビを見て笑いながら、また酒を口に運ぶ。
「いや~、それにしてもうまいな~! あはっはっは!」
深夜を回ってもジークはテレビを点けて、1人で晩酌を楽しんでいた。
すると……。
『夜分遅くにすみません。ジーク久しぶり~、テリーだけど覚えてる? 今度、久しぶりに同じクラスのヤツで集まるんだけどさ、ジークも来ないか?』
ジークのスマホに、高校時代に同じクラスだったテリーからメッセージが送られてきた。
『お~!久しぶり! もちろん行く行く!』
ジークがそう返事すると、テリーから時間や集合場所などの情報が送られてきた。
『ジークと久しぶりに会うの楽しみにしとくよ! じゃあまたな!』
テリーがそうメッセージを送ってきたので、
『おう、俺も楽しみにしてるわ。ありがとう』
ジークはそう返信する。そしてスマホをテーブルに置くと、さらに上機嫌になるのだった。
(よっしゃ~!久しぶりにみんなに会えるのか!)
「へへっケイン、俺にだってこうやって飲みに誘ってくれる友達はいるんだぜ?」
ジークはニコニコしながら、また酒を一口飲む。
(よしっ! もう今日は酔いつぶれるまで飲むぞ~!)
「はっはっは!」
そうして彼はテレビのを見ながら、再び晩酌を始めた。
テレビの光が、揺れる酒の中でキラキラと反射した。
その光が、彼の胸の奥で何かをほんの少しだけ照らした――。
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