第34話 逆


「お店って?」

「私がアルバイトしていた洋菓子店です。そこでも、一月にごみ置き場が荒らされていて……」

「え、実里のお店でも?」


 実里の店でのことは、登紀子は知らなかった。

 荒らされていたのはその一度だけで、警察に相談したりはしていなかったからだ。


 それぞれの日付を確認すると、ごみ置き場を荒らされていたのは、どれも一月の出来事だった。

 それも、どれも玲奈が成人式の為実家に帰省した後。


「寮にバイト先……それに、婚約者の家ですか。火村さんが片山農園の息子さんとお付き合いしているということを知っていた人は?」

「家族と大学の同期生何人かと、あとは……成人式の時に地元の友人に……いや、でも、それって放火とは関係ないですよね?」

「それは、その……あくまで可能性として、です。実は、二件目のマンションで被害に遭われた方も、火村さんと同じレイナというお名前の――年齢も同じ方なんですよね」


 水森がレイナという名前を口にした瞬間、棚橋から射るような視線が水森に向けられた。

 何も言わないが、その話はするな、と言っているように玲奈は感じた。


「火村さんの周辺のごみ置き場が荒らされていたということは、もしかしたら、犯人はただの放火犯じゃなくて、火村さんに恨みがある人物だったのかも……」

「え……?」

「まだあくまで可能性です。ここから、マンションまでは近いですし……三件目の病院での火災だって、火村さんが通われていた病院ですよね? 産婦人科があるのは、この町であそこだけでしたし……」


 燃えたのは入院病棟だけだったが、産婦人科がある場所が病棟から近かったこともあり、現在玲奈は隣の町の病院に通っている。

 確かにどれも玲奈に関連している場所ではある。

 しかし、それがどうして玲奈に恨みがある人物なんてことになるのか、玲奈はわからなかった。


 警察は、玲奈と芥子麗奈との関係まで知っているのかわからないが、もし警察がそこまで知っていたなら、芥子麗奈が玲奈を恨んでいると考える理由が分からなかった。

 逆ならわかるが……


「ストーカー被害に遭っている方に、多いんです。家や仕事先、関わりがある場所のごみ置き場が荒らされていたってケースが」


 水森は、玲奈が何者からストーカー被害に遭っているのではないかと考えていた。

 玲奈の通っている大学やバイト先はわかっても、暮らしているのは女子寮。

 多くの学生が住んでいるし、その女子寮のどの部屋に玲奈の部屋か特定するのは時間がかかる。

 ましてや、部外者は寮内には入れないのだから、さらに難しい。

 個人を特定できるような郵便物等は、すべて寮の管理室に届き、そこから各部屋に配られるのだから。


「寮の火事では、亡くなった人はいません。でも、そこには住めなくなった。それから、寮生たちはそれぞれ別のマンションやアパートに部屋を移りましたよね? 玲奈さんも、火事がきっかけで結婚前にこちらに引っ越して来たんでしょう?」

「はい。一人暮らし用の部屋は、どこも満室で、空いていなかったので……」


 片山家に住むことが決まらなければ、玲奈は三月まで誰かの家に居候するしかなかった。

 同期生で仕方がなく教授の家に居候した人が何人かいたが、居候する代わりに教授の家族の分の炊事洗濯も全部やらされて大変だったと聞いている。

 全部やってくれる登紀子がいる片山家で暮らせたのは幸運なことだった。



「それなら、玲奈さんがどの部屋に住んでいるか、特定する為にやったんじゃないかなって――そう思ったんです」


 玲奈が女子寮にいるより、接触しやすい。

 そう考えたのではないか――と。


「でも、そうだったなら、家とマンションを間違えたりするかしら? 二件目のマンションに住んでいた人と名前が同じだっていっても、特定するために火事を起こすような人が、そんなミス……」


 登紀子が率直に疑問を投げかけると、水森は確かにそうだなと頷いた。


「……そうですよね。わざわざ火事を起こしてまで、間違えることは考えにくいですね。すみません、私、いつも推理が飛躍しちゃって良く怒られるんです」


 二人とも、三つの放火事件は同一犯だと思っているのだ。

 だから、その二件目の火災と思われているマンションの被害者が、一件目の放火犯である可能性を考えていない。


 玲奈が片山農園の息子である聡太と付き合っていることや実里のケーキ店で働いていることを誰かに話したのは、成人式の時だ。

 それまで、玲奈の周りでは何も起きなかった。


 あの時の会話を芥子麗奈に聞かれていたなら、一月にゴミ置き場を荒らした犯人は、芥子麗奈で間違いないだろう。

 おそらく、目撃情報から寮に火をつけたのもそう。

 玲奈の部屋を特定する為に、火をつけた。


 玲奈も病棟に入院している芥子麗奈の部屋を特定するのに、火をつけようと考えたのだから、同じように考える人間がいてもおかしくはない。


「マンションの火災で被害に遭った方が引っ越して来たのは、六月の末ですし……やっぱり、ただの偶然ですかね」


 玲奈が夏に病院の前で芥子麗奈と再会するまで、約五ヶ月空いているが、思い返せば「これからまた、私たちずっと、一緒だよ」と芥子麗奈は言っていた。


 芥子麗奈にも生活があるはず。

 玲奈の居場所を特定し、また玲奈の近くにいるための準備をしていたのかも知れない。


 芥子麗奈に対する興味は一ミリもなかったため、気にしたことがなかったが、駅の近くにあるホテルに長期滞在するより、引っ越してきた方がストーキングしやすいに決まっている。

 徒歩五分のあのマンションを拠点にして生活していたなら、片山家の人間に不審がられずに日中ずっと玲奈の後を付け回すのには最適な距離だ。


「――話が脱線してすみません。では、寮の件はこのくらいにして……火村さんは三件目の病院でも、火災に遭遇していますよね?」

「……え?」


 玲奈は警察の事情聴取を受けずに去っている。

 病院で火災に遭遇した話も、片山家の人間以外にはしていない。


「事情聴取を受けて下さった方の名簿の中に、火村さんの名前はありませんでしたが……実は、病院前の調剤薬局の監視カメラに、火村さんの姿が映っていまして」


 その映像を見つけたのは、寮の火災の時に玲奈から事情を聴いた別の刑事だった。


「病院に確認しましたが、定期健診は火災が起こる前日ですよね? いったい、何をしに行ったんですか?」


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