第七章 もう一人

第33話 任意の事情聴取


「あくまで、形式的なものですから。これは被害に遭った皆さんに聞いていることです」


 片山家に来た刑事は二人。

 一人は件の棚橋弘人。

 やはりあの日、玲奈がエレベーターで見た男と同じだったが、こちらは最初に挨拶だけして、あとは殆どしゃべらなかった。

 もう一人の水森みずもりという女性の刑事が中心で、任意の事情聴取が進む。

 一階の居間で行われた為、刑事二人にお茶を出した登紀子が玲奈の隣に座って、一緒に話を聞いていた。


「女子寮で火災が起きた当時、火村さんはどこで、何をしていましたか?」

「自分の部屋で、寝ていました」

「火事が起きたことは、何で知りました?」

「それは、確か火災報知器が突然鳴って――」


 女子寮の火災であれば、玲奈は明確に被害者である。

 なんの後ろめたさもない。

 細女の夢を見て、羊羹の箱の中に仕込まれていた御札を見つけ、燃やそうとはしていいたが、実際には火をつけるところまでいっていない。

 それどころか、火災報知器が鳴らないように、外に出ようとしているタイミングだった。


「では、お部屋で眠っていたら、警報が聞こえたということですか?」

「……ええ、そうです」


 悪いことはしていない。

 けれど、ここで御札を燃やすために外に出ようとしていたなんて言ったら、いらぬ疑いをかけられてしまうような気がして、余計なことは言わなかった。

 できるだけ、聞かれたことには短く答えるのが、余計な発言をしないための策である。


「そうですよね。深夜の出来事ですし。いつもは大体何時くらいからお休みになるんですか?」

「その日によりますが……何の用事もなければ、十二時くらいには」

「なるほど。では、女子寮で暮らしていて、誰か不審な人物を見たとか、妙なものを見たそういうことはありませんでしたか?」

「ないです」


 細女なら見たが、あれは人物ではないから、関係がない。


「そうですか? 何人か、公園で妙な人物を見たって証言があるんですが……」

「え?」

「火事が起こる数日前ですね。って……あの寮には、細女という怪談話のようなものがあると聞いていますが、聞いたことはありますか?」

「え、えーと、それは、細女の怪談をですか? それとも、公園でその……細い女を見たって話でしょうか?」

「ああ、紛らわしい聞き方をしてごめんなさい。順番に聞きますね。火村さんの部屋は、公園側に窓がありますよね?」

「はい」

「公園で細い女を見たって証言した人は、みんな公園側に窓がある方たちでした。なので、火村さんその女を見たり、誰かほかの学生さんからそんな話を聞いたことは?」

「……それは、ないです」


 まさか、細女を見たことのある人間が、自分以外にもいたことに、玲奈は動揺した。

 けれど、あれは確かに人ではなかったはず。

 原田を連れて逝ったのだから、人間であったはずがないと考えた。


「では、細女の怪談話を聞いたことはありますか?」

「それは、あります。先輩が話していたのを、以前……」

「目撃した人は、公園にいたのが細女だったんじゃないかって話していたんです。でも、妙なんですよね」

「妙……?」

「その怪談話は、ずっと以前から語られていました。けれど、細女を見たという人は、火災が起きた一月に集中しているんです」


 それ以前にも、何度か細女を見たという人はいた。

 けれど、どれも時期はバラバラで、すでに卒業している学生ばかり。


「一月に目撃されたには、細女ではなく、実在する人物だったんじゃないか、と、私は思っているんですよね。もしかしたら、その細女が犯人で、放火のタイミングを窺っていたんじゃないかと」


 水森は、その目撃情報をもとに書かれたという似顔絵を玲奈に見せた。


「目撃したという人の多くは、夜なので、顔をはっきり見たわけじゃないんです。でも、すごく痩せていた、髪の長い女の人だったというのは一致していまして……」

「……」


 その絵が、細女にも芥子麗奈にも似ているように思えて、玲奈は息をのむ。

 これは、どちらだろうか――と。


「それから、これを寮母さんに見せたら、気になる証言がありまして……ちょうど寮生が講義やバイトでいなくなる時間帯に、よく似た女を見たそうなんです」

「寮母さんが……?」


 日によるが、玲奈の住んでいた寮では朝、食堂が開いている時間帯が終わると、夕方まで殆ど寮生がいない。

 寮の食堂は朝食と夕食の時間帯は開いているが、昼は閉まっている。

 皆、大学構内の学食か近くのコンビニやチェーン店を利用しているからだ。


「いつも学生さんたちが少ない時間帯に共同部分の清掃を行っているそうで……ごみを捨てに行った時だそうです」


 食堂の裏手には、寮生が出したごみをひとまとめにして置いておくスペースがある。

 業者が回収に来るため、その時間帯は門に鍵は掛っていない。

 寮生以外も建物は難しいが、その寮の敷地内なら、入ろうと思えば入ることができる。


「ごみを荒らしている不審な女がいたんですって。最初は後ろ姿しか見えなかったので、寮生が間違えて何かを捨ててしまって、それを探しているんじゃないかと思ったそうですが、声を掛けたら、慌てて逃げて行ったそうです」


 その女が、この似顔絵の女と似ていると、寮母が証言していた。


「まぁ、ごみ置き場を……!?」


 それまで黙って話を聞いているだけだった登紀子が言った。


「うちの農園のごみ置き場も、荒らされてたのよ! あれも、一月だったはずだわ」

「え!?」


 そんな話は初耳で、玲奈は驚く。

 

「玲奈ちゃんがうちに来る前だから、きっとそうよ。それじゃぁ、犯人はうちにも放火しようと思っていたのかしら……?」

「その可能性はあるかも知れませんね。ここは二件目のマンションとも近いですし……」

「――それなら、お店でも…………」


 玲奈は、実里のケーキ屋のごみ置き場も荒らされていたのを思い出した。

 ごみ置き場を荒らされていたのは、どれも玲奈と関係のある場所だ。


 その瞬間、玲奈の中で仮説が浮かび上がる。



 ――放火犯は、芥子麗奈……?






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