第31話 変
そもそも、玲奈は信之丞のお告げの通り、御札を女子トイレに置いて来ただけで、直接火をつけたわけではない。
お告げの通りにしただけ。
聡太と話し終わった後、すぐに玲奈は優奈に連絡した。
優奈は玲奈がまた芥子麗奈から付き纏われている話を、美恵に一切話していない。
それ以前の細女の件もだ。
それどころか、聡太と美恵が裏で繋がっていた事もまったく知らなかった。
『変だとは思ってたの。お母さん、たいして調べずに聡太さんとの結婚を許しちゃったから……』
優奈は単純に玲奈に早く結婚して、孫を産んで欲しいだけなのではないかと思っていた。
優奈は体が弱く、将来子供を産むことは難しいかもしれないと医者から言われたばかりだったからだ。
自分の実の父親も信者ではない、何処の馬の骨かわらない男だし、子種は誰でもいいのだろうと。
玲奈に複数人子供を産んでくれれば、その内の一人を火村の後継として育てたいなんて話まで出ていた。
「私の子供を、後継に……?」
何を言っているんだと、玲奈は怒りに震える。
聡太は美恵の行動はすべて大切な娘を守るためだと言っていたが、やっぱりそんなのは嘘だ。
美恵は、火村の血を途絶えさせたくないだけ。
いつだって、優先しているのは先祖である信之丞の血を後世へ繋ぐこと。
それだけだ。
『だって、お姉ちゃんは後を継ぐ気がないだろうし……それに、お姉ちゃんの力が完全に目覚めるのは、子供を産んだ後だと思うのよね。今は、視えたり視えなかったりするんでしょう?』
「……そうね。前よりは」
今年に入ってから、明らかにそういうものを視る回数は増えていた。
特に、妊娠が発覚してからは。
視たいと思った時には視えないのに、不意に視える時がある。
大学のトイレや病院、かつて交通事故で人が亡くなっている交差点の角。
葬儀場の前、中断されたまま放置されている工事現場など。
視えたものはどれも玲奈には関わりのない人の幽霊で、視えた時は怖いと思うが、信之丞の御札を常に持ち歩いていた玲奈に接触しては来なかった。
『それは多分、地縛霊ね。その場から動けないし、特定の誰かがそこに来るのを待っているやつだわ』
「幽霊にもタイプがあるのね……」
『種類はいっぱいいるよ。お姉ちゃんも全部視えるようになったら、嫌でも見分けがつくようになるわ』
良い霊と悪い霊の違いとか、神と呼ばれる存在を認識できる。
『信之丞様のお姿は? まだ視えたことがないの?』
「お姿……? それはないけど、掛け軸の絵と同じじゃないの?」
『それはあくまで絵だもの。信之丞様のお姿が視えるようになれば、きっとお姉ちゃんもありがたさがわかって、修業にも励めると思うんだけどなぁ』
優奈は信之丞の姿を勇ましくて美しいと小さい頃からよく言っていた。
視えない玲奈にはわからない感覚で、そんな妹をずっと小ばかにしてきたのだ。
玲奈が修業に励む日なんて、絶対に来ない。
『それにしても、変よね』
「何が?」
『だって、聡太さんの話では、お姉ちゃんはその化け物ともう一度関わったら、死ぬって言われているのよね?』
「うん」
『まぁ、確かにあの時期のお姉ちゃんは本当に死にそうだったから、関わらない方がいいのは理解できるんだけど……』
玲奈は中学生の頃の記憶がところどころ曖昧な部分があり、死のそうだったという話にいまいちピンと来ていない。
『多分、結界の効果もあってあまり覚えてないと思うけどさ……とにかく大変だったんだよ。毎日毎日付き纏われていたのは覚えてる?』
「うん」
『過度のストレスでお姉ちゃんおかしくなって――……いや、覚えてないなら、思い出さなくていいわ。多分、辛すぎて記憶から消えてるんだと思う』
「……え?」
『とにかく、酷い状態だったのよ。それは私も覚えてる。お姉ちゃんが大学生になって、多分しばらくはまだ結界で守られていたと思うの。結界が壊れたと言っても、突然バーンっと誰かに破壊されない限りは、結界の力が少しずつ弱まっている状態というか――』
優奈が言うには、美恵は玲奈が実家を離れて暮らし始めれば、毎日のお祈りもしなくなることくらい予想がついていた。
どのくらいの次期に結界が崩壊するかも、美恵のことだからわかっていたはず。
結界は、何かイレギュラーがない限り、ある日突然壊れるものではない。
徐々に力が薄まって、消えていく。
『多分、結界の力が薄くなった時期がお母さんの想定より少し早かったんじゃないかな? だから、お姉ちゃんはその化け物に見つかったんじゃないかと思うのよね』
聡太との結婚を美恵が仕組んだのは、玲奈が再び芥子麗奈と関わって、死ぬことがないように、その前に結界を張り直すため。
それなら、玲奈が芥子麗奈と再会して三ヶ月以上が過ぎている。
なのに、玲奈はまだ、死んでいない。
『逆にその化け物が死んじゃったってことでしょう? 病院の火事で』
「……ええ、そうよ」
玲奈は病院のトイレに信之丞のお告げの通り御札を置いたことは、優奈には言わなかった。
火災に巻き込まれて死んだとしか言っていない。
『お母さんだって人間だから、予測を間違えることはあると思う。運よく向こうが死んでくれたってことも可能性としてはなくはない。でも――』
だから、玲奈が化け物のせいで死ぬことはないはずだ。
火村の力が完全に目覚めなくても、結界を張りなおさなくてもいい。
『関われば死ぬってことまで、間違えるかな?』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます