第26話 幸せな披露宴
玲奈と聡太が結婚式を挙げたのは、その年の十月のことである。
お腹が大きくなる前にウェディングドレスを着た方がいいだろうと、登紀子が気を回して、予約が開いている式場をリストアップしていたのだ。
今時はお金がないからという理由で籍だけ入れて、ウェディングフォトだけで済ませる夫婦も多いが、式の費用はすべて義両親が出してくれた。
その上、どんな式にするか、どんなドレスを着るか、誰を招待するか、何もかも自由にやっていいというのだから、玲奈は本当に片山家の一員になれて本当に幸せだった。
これがもし、ずっと実家にいたら、結婚相手も、結婚式の日時や場所もすべて美恵に決められていただろう。
神社で白無垢を着るのも悪くはないが、やはり真っ白なウェディングドレスを着て、教会で挙げる、現代の日本人が思い描く典型的な挙式の方が良かった。
キリスト教徒ではないが、十字架の前で愛を誓うのが普通。
教会や神社でもない、信之丞の祭壇の前で愛を誓うのは、普通ではない。
芥子麗奈から自分を解放してくれた信之丞のことを、以前より悪くは思っていない。
お告げの通り、あの火事を起こしてくれたのだから。
それでもまだ、美恵や優奈のように信仰しているわけではない。
あくまで、玲奈は普通を求めていた。
万人が望む幸せ。
理解があって、みんなに優しい理想の旦那。
なんでもこちらの自由にやっていいと言ってくれる義両親。
賑やかな家族団らん、美味しい料理、いちいち怒られない。
穏やかで、暖かい。
理想の暮らし。
誰もが見てすぐにわかる、そういうもの。
ずっとずっと憧れていた。
世間から見たら怪しい宗教とは無関係の生活。
信之丞に助けられたとはいえ、このまま信者になるつもりはない。
けれど、感謝はしていた。
だから、あの火災の後も秘密の祭壇はそのまま、カラーボックスの一番上にある。
あとは、お腹の子が無事に生まれてきてくれればそれでいい。
出来れば女の子がいいと思っていた。
もし女の子が生まれたら、赤いものは絶対に買わない。
玲奈は子供の頃、いつも赤いものを持たされた。
ランドセルだって、本当は紫かピンクが良かったのに、赤。
マフラーも、手袋も、他にも女の子らしいデザインや色の選択肢があるのに、必ず赤だ。
ジェンダーの問題ではなく、単純に美恵は赤が好きなのだ。
だから、当然、自分の子供である玲奈も赤が好きだろうと思い込んでいる節があった。
信之丞を信仰するのと同じように、自分が好きなものは当然、娘の玲奈も好きだろうと。
そうやって、押し付けられてきた。
男の子だったとしても、戦隊ものは見せない。
主人公に憧れられたら、赤い服を着たがるかもしれない。
自分の好きな色を好きなように選んできて欲しいが、赤を選ぶような環境では決して育てないぞと密かに思っていた。
披露宴でのお色直しのドレスは、美恵が絶対に選ばないような色を選んだ。
シンデレラのような水色のドレスと黄色のドレスの二着。
両方とも招待客からとても評判。
『それでは、新婦・玲奈さんからご両親に向けてのお手紙です』
両親に感謝なんてしていない。
父親には母親の見ていないとことで何度も叩かれたし、母親はそれを知っていながら、何をするでもなかった。
困ったことが起こると、「それは信仰する心が足りないから」だと、なんでも信之丞への信仰だけで解決すると思っている両親が、玲奈は大っ嫌いだった。
本当はただ、自分の味方をして欲しかった。
悪いのは玲奈じゃない。
玲奈のせいじゃないと言ってもらいたかっただけなのに。
でも、新婦が感謝の手紙を読み上げるのは定番で、玲奈はあたかも両親に愛されて育った普通の娘を演じて泣いた。
それは娘が「今日まで育ててくれてありがとう」と両親に向けた感動の涙ではない。
これからだった。
玲奈にとって、これからが本当に望んでいた世界だった。
嬉しい涙だった。
結婚してしまえば、あとはもう、実家には帰らない。
帰ったとしても、年に数日。
奇妙な宗教も、教祖の娘も関係ない。
片山家の嫁になった。
だから、これでもう、火村家の後継者ではなくなる。
美恵の後を継ぐ修業も必要ない。
もう、あんな異常な家には帰らない。
『皆様どうぞ、大きな祝福でお見送りください! 聡太さん、玲奈さん、おめでとうございます』
割れんばかりの拍手と歓声に見送られて退場すると、玲奈は幸せな気持ちでいっぱいだった。
これでやっと、正式に片山家の人間になれたのだと、実感した。
ところが――
「――聡太」
何の問題もなく、幸せな披露宴が終わって、二次会で移動する時だった。
「お前本当に、この女と結婚したのか。この女が誰だか、わかって、結婚したのか」
「誰って、え? 何だよ急に、どういう意味だよ……
突然、聡太の叔父・
「この女が、あいつの――教祖の娘だと、わかって結婚したのかって聞いているんだ」
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