第5話

強烈な光の中心にいる佐藤さん。


丸まった背中がしゃんと伸び、二回りくらい大きく見える。

白い髪は黒々と光、頭には何となく角のようなものが見える。

着ているものも、よれよれジャージではなくて。

体型にあったズボンにトップス。

マントも出てきて、バサッとなびかせている。

どこからか風も吹いてきて、風になびかれた洋服から、がっしりとした肉付きがはっきりとする。

わたしは、いつか漫画でみた魔王を思い出した。


反対に、隣にいた奥様はみるみる小さくなり。

やがて黒猫になってしまった。


杖が突き立てられた絵は、

杖を中心にだんだんと円を描くように歪んでくる。

やがて、額縁の向こうに真っ暗な闇が現れた。


黒猫となった奥様は、ぴょんと闇の中に飛び込んだ。

そのあとを佐藤さん、否、魔王も追う。

ふいにこちらを振り向き、目が合う。


いつもの色呆け爺の顔ではなく、若返った肌。

凛々しい目。

完全に別人だった。

魔王は、長い人差し指を口元に持ってくる。


遠目でも分かる。


内緒、ね。


闇の中に消えた猫と魔王。


しばらくすると、闇は消え、先ほどの風景画に変わっていた。

わたしは持っていたポーチを落とし、車に駆け戻っていた。



佐藤さんの秘密を見てしまった日から、佐藤さんの送迎は、わたしの担当になっていた。

だれもいなくなった車内で、色呆け爺から魔王に戻る佐藤さん。


「あー、今日も面白かったなあ。

あの爺さん、わしがおやつ盗み食いしたことに気づいてなかったな」


フハハハ、と大笑いの佐藤さん。もとい魔王。


「え、中村さんのおやつ食べちゃったんですか?!」


おやつの時間、おやつを食べていないと訴えていた中村さん。

職員がおやつを配り、口に運ぶまでをちゃんと確認している。

少々記憶の怪しい中村さんに “ちゃんと食べたでしょ” と声をかける職員を見ていた。


だが、まさか。


口に入れる直前に魔力でおやつを盗んでいたとは!


「次やったら、出禁にしますよ」


魔王に釘をさす。


「それは困るな。次は善処しよう」


うむ、と頷く姿に反省の色はなかった。


魔王曰く、デイサービスは、食事とおやつが出て、入浴ありのマッサージあり。若いお姉ちゃんお兄ちゃん触り放題。ジジババの人間ドラマが間近で見れる娯楽たっぷりの場所、だそう。


勘弁してよ。

わたしは佐藤さんをご自宅に送り届けると、空を見上げた。


今日は朝から激しい雨だったのに。



この家の周りは、キラキラと晴れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

介護士の私、魔王の世話係になりました aki @aki1109

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ