第1章-1

「あの……すみません。この馬車はロランの方に向かわれますか?」

 一人の青年が広場に居並ぶキャラバン隊に片っ端から声をかけ回っていた。

「うるせえっ!」

「邪魔だっ!」

 だが、キャラバンの出発まぎわで殺気立っている人夫たちからは、そんな罵り声をあびせかけられるばかりだ。それでも青年は怯まず、次から次へと別の馬車に尋ね歩いていく。

 ――何やってんだ、あいつは……。

 御者台からその様子を眺めていた商人マチェットは、あきれたと言わんばかりに、思わずため息をこぼしていた。

 ――どこまでお人よしなんだか……。

 青年は自分のために馬車を探していたのではなかった。その背後には大きな荷物を背負った老婆がおろおろと申し訳なさそうに付き従っていたのである。青年は彼女のためにロランの町へ行くキャラバンを探していたのだ。

「ああ、構わんよ」

 尋ねた隊商は優に二桁は超えていただろう――それでも青年はあきらめる気配など微塵も見せてはいなかったが――そんな折、気の良さそうな隊長が応えてくれたのだった。

「お婆さん、これでロランに行けるよ」

「すまないねえ。本当にありがとうよ。でも、あんた、自分のことを後回しにして大丈夫だったのかい」

 青年は馬車の荷台に上る老婆に手を貸しながら言った。

「ぜんぜん平気ですよ。僕ならすぐに馬車は見つかりますから」

 老婆を乗せたキャラバンが出発し、その姿が見えなくなるまで青年は大きく手を振って見送っていた。

「さて……」

 青年はあらためて近くに停車していた馬車に声をかけ始める。だが、その返答が芳しくないのは一目瞭然だ。次から次へと断られ、青年は右往左往するばかり。その様は見ていて気の毒なくらいであった。キャラバンは続々と広場から出発していく。青年の顔に焦りの色が見え出していた。

 ――お、いよいよ、こっちに来るか……。

「あの、すみません……」

「お前さん、剣士かね?」

「えっ……?」

 相手からの予期せぬ質問に青年は一瞬、呆気にとられる。

「その腰の剣……あんた、剣士じゃないのかね。申し訳ないが、もう護衛は足りてるんだ。仕事を探してるんなら他を当たるんだな」

「いや……あの、僕は仕事を探してるんじゃなくて……」

「銀貨一枚だ。このキャラバンは南に向かう。エストの町までな。途中、二泊することになるが、すべて野営だ。飯は出る」

 マチェットはずらずらと条件を並べていった。交渉の余地はないた言わんばかりに。

「銀貨一枚……」

 むむむと、青年は眉間にしわを寄せた。迷っているのがありありとうかがえる。どうやら青年は頭の中で考えていることが全て顔に表れてしまうようだ。隠し事には向いていない性格なのだろう。

「どうするね? 乗るかい、乗らないのかい? 我々はもう出発するが――」

 急かされて、青年は焦ったように承諾する。

「乗ります! いえ、乗せてください!」

 こいつは交渉ごとには向いてないなとマチェットは思った。馬鹿にしたわけではない。むしろ好感を抱いたぐらいだ。このご時世に、こんなにもまっすぐな性格をもった奴も珍しい。

 ――だが、長生きはできそうにないな……。

 マチェットはそれだけが残念だった。時代が悪かったと思う他ない――。

「それじゃあ、後ろの荷台に乗りな。うちのもんも乗ってて、少し窮屈かもしれないがな。そこは我慢してくれ」

「ありがとうございます。でも、あの……すみませんが……」

 青年は申し訳なさそうに言い淀む。

「まだ何かあるのか? はっきり言ってくれないか」

「すみません、荷物があるんです。それを取りにいってきてもいいですか。あの、そんなにはお時間はとらせませんので。すぐに戻ってきますから――」

 ここまで図太さを兼ね備えてないとなると、あきれるのを通り越して感動すら覚える。だが、このままでは延々と青年の事情とやらを聞かせられ続けてしまうことになりそうだ。

「分かった、分かった。まだ時間はあるから、その荷物とやらを早く取ってきな」

 青年は目を輝かせると、「ありがとうございます」と背中を向けて駆け出した。だが、すぐに振り返って、

「あの、本当にすぐに戻ってくるので!」

 と、何度も頭を下げつつ離れていく。

 ――早く行け……。

 マチェットは苦笑いをするしかなかった。

 ほどなくして、青年は戻ってきた。背中に自分の身長をゆうに超える大きな荷物を背負って――。

「なんだ、その荷物は?」

 青年はどう説明したらいいのか思案している様子であった。と、その顔が、はっと何かを思いついたかのような表情に変わる。

「あの……これは、金属の――板……?」

 説明しながら、青年も上手く伝えられてないことに気づいたようだった。照れ笑いを浮かべる。

 逆に尋ねられているみたいな雰囲気になって、マチェットは深いため息をこぼすしかなかった。

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