セブンス・ソード

芝大樹

序章

時の向こうに、あなたが見える。

ずっと待っていたの――。

あなたの冒険している姿を、また見守ることができるのね……。


「くそっ! なんで、こんなところに――!」

 青年は迫りくる熱風に肌を焦がされながらも、かろうじて身を地面に転がせ、膨大な熱量の塊である炎のブレスをすんでのところでかわした。宙に浮かぶ六本の剣を交差させ、しかも回転までさせて、その凶暴な熱エネルギーを発散させたと確信したのに――。

 『そいつ』の吐く息はたやすく剣の間隙をぬって、こちらに襲いかかってきたのだ。

「マリル! 無事か!」

 青年はブレスを避けるために突き飛ばした少女の安否を探った。

「ソラ! あたいは大丈夫!」

 幼い声が応えた。

「出口を探すんだ! こいつは僕が引きつけておく!」

 マリルと呼ばれた少女から返事は返ってこなかったが、地を蹴る足音がかすかに聞こえたような気がした。

 マリル、頼む――!

 ソラと呼ばれた青年は、少女の声がした方向とは正反対に走り出した。

「こっちだ!」

 『そいつ』は少女のことなど意に介していないのか、それとも青年の意図にあえて乗ってやろうかといわんばかりに、悠々とその視線をソラに向け、それから――『そいつ』は、ニヤリと笑ったのだった。

 こいつ――!

 魔獣の表情など分かるはずがない。だが、そのときのソラには確信できた。この全身を紅玉のような鱗に覆われ、二枚の巨大な飛膜を背中にそなえた禍々しい姿の大竜――通称、ドラゴン――と呼ばれる魔獣は、確かに自分を見下し笑ったのだ!

 ――もう一度、試してやる!

 そう思うや、ほぼ反射的にソラは口元で呪文をつぶやいていた。息吹が声にもならぬうちに、言葉は次々と連なり外界へと発せられていく。宙に浮かんでいた六本の剣が、まるで命令を受けた従順な狩猟犬のごとく一斉にドラゴンに向かって飛翔していった。

 ――いけっ!

 ソラに従う剣の群れが、大竜の表皮を切り裂いていく!

 だが――ドラゴンは抵抗するでもなく、涼しい顔でその攻撃を受けとめたのである。飛んでいった剣の群れは思い思いに大竜の首筋、胸や腹、背筋に刃を突きたてていった。だが、結果は先ほどの、ドラゴンとの邂逅直後の一撃と寸分変わらぬ結末に終わったのだ。

 すなわち、大竜の紅玉のように輝く鱗の表面にささやかなかすり傷をつけただけであった。

 ――ミスリルの剣なんだぞ……!

 この世に存在しうる物質の中でもっとも硬く、破壊不可能な理を付与された金属。鉄が火によって鍛えられるように、白銀を魔法によって鍛えた絶対不可侵の物質。その存在の前では、厚い鋼も薄い紙切れのごとく切り裂かれてしまう。

 ――確かに傷はついているけど……。

 つまりは、ドラゴンの鱗はミスリルに準じる硬度を持っているということだ。しかも硬質でありながら生物特有の弾力性も兼ね備えている。

 ――こんな生物がいるのか……。

 ソラは、大竜の鱗ひとつをとっても、そこに魔法の理が介在しているように感じた。炎のブレスもまた然りである。

 ――遺伝子に、そんな仕組みが組み込まれているっていうのか……。

「いや……」

 今はそんなことはどうでもいい――。

「集中するんだ……」

 今は、目の前の敵をしのぐことだけを考えろ――。

「一点突破だ!」

 ソラはミスリルの剣たちに命じた。六本の白銀の刃が、玲瓏な光を一瞬きらめかせるや、竜の首筋、その一点に向かって風を切った。

 いけっ――!

 上手くいく予感があった。ドラゴンの喉元を突き破るイメージ。

 ――だが……。

 ドラゴンの体がゆっくりと動いたかに見えたその刹那、右爪が先頭の二本の小剣をはじき、続いて左爪がその後ろの二本の中剣を叩き落とした。そして、その勢いにのせて体を回転させたドラゴンは、見ただけで誰もが絶望してしまうような巨大で強靭な尾を振りまわし、最後列の二本の大剣を特大のホームランよろしく跳ね返したのだった。

 ――連撃だと……!

 ソラにはもはや、目の前の大竜が本能で動くただの巨大な魔獣には見えなくなっていた。明らかに知性を持った、明確な意志を、目的を持った存在――。

 ――何なんだ、この生き物は……。

 だが、ソラが深く考えるよりも前に、その暇も与えずに、ドラゴンはお返しとばかりに大きく息を吸い込んだ。

 ――あれがくる!

 炎のブレスがまた襲ってくるのだ。宙を舞うミスリルの剣だけでは防ぎきれない――。

 ――どうする……!

 だが、ソラは頭で明解な答えを導くよりも前に、なかば無意識のうちに呪文を口ずさんでいた。

「テロンクンアニモ!」

 詠唱の最後に、その魔法の名前を叫ぶ。直後、ソラの目の前で、床の石材を突き破り地面がせり上がってくる。それは、やがてソラの視界を埋めてしまうほどの巨大な岩石の壁へと成長していった。

 テロン――土の魔法。

 アニモ――魂の魔法。

 その合わせ技ともいう複合魔法であった。

「これでどうだ!」

 炎のブレスが吐かれた――。

 荒れ狂う熱量がソラを襲う。だが、凶暴な炎のブレスは岩石の壁にさえぎられ、ソラまでは届かない。焼かれた空気の気配が遠くまわり込んでくるだけだ。

 ――これで炎はなんとかなる……。

 ソラがそんな一条の光明にすがろうとしたときであった。

 ――!

 ドラゴンは、肺活量はどれほどのものかと、しつこくブレスをはき続けていた。そのうち、ソラの眼前の壁に異変が生じてきたのである。

「壁が……」

 焼けている――!

 一枚の岩塊と化した壁の中央が、うっすらと鈍い赤色を灯しだしたのだ。その色はますます濃くなっていく。岩石の壁が融けようとしていた。

 こんな存在が、この世界にいるのか……。

 ソラは決して傲慢になったわけではなかった。むしろ自分のスタートは散々で、努力して、苦労して、ここまで強くなったはずだ。その自負があった。ある程度の脅威に対しては立ち向かえる自信を持てるようにまでなっていた。それなのに――。

 赤色の巨竜はブレスを――死をもたらす予感を――さらに強めていった……。

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