第7話 ギルドの依頼と、働く神父

朝、鐘が三度鳴り終えたころ。

辺境教会の前に、一台の荷馬車が止まった。

粉雪をまとったその荷車には、冒険者ギルドの紋章が刻まれている。


「ライネル司祭、依頼状をお持ちしました!」


声の主は、栗髪をきっちりとまとめた女性だった。

顔立ちも良く、長い耳、エルフ族

革の胸当ての上からギルド章をつけ、立ち姿は無駄がない。

彼女の名は――ミラ・ハーグレイヴ。

この地域のギルド受付を一手に引き受ける、現場の切れ者である。


「助けてください。施療の緊急要請です。ダンジョン崩落で負傷者が多数出て、治療班の手が足りません。」


ライネルは小さく頷いた。

「了解した。すぐ支度する。」

「リナ、おまえこれ見えてるだろ?」

振り返ると同時に神聖流を纏った手をリナに見せた。


「司祭様?施療中でもないのにどうしたんですか?」

声を上げたのはリナ・レオナード。

赤毛をひとつに結び、荷籠を抱えている。

その隣で、兄のカイが腕を組んでいた。


「司祭様の手いつもとかわんねーだろ。」


「それより、俺らも行くのか?」

「もちろんだ。」

ライネルは外套を羽織りながら言う。

「現場を見ろ。神の仕事は、机の上にはない。

リナ、おまえは今から俺の正式な弟子だ。」


「えっ!?」


「……なんか嫌な予感すんなぁ」


「今から俺のことは"先生"と呼べ。カイは肉体労働として付いてこい。」


「は、はい!せ、先生っ」


「肉体労働って…」


「カイ、文句言わない!」


「リナは楽しそうでいいよな…これ、多分、遊びじゃねぇぞ?」


「勉強です!」


「……はぁ、そうだな…」


ミラはそんな二人を見て微笑んだ。

「賑やかですね。人手がある方がギルドも助かります。よろしくお願いします、司祭様。」


「助かるのはお互い様だ。動ける者がいるうちは、神も安心だろう。」



午後、ギルドに到着した一行を迎えたのは、

鉄と汗の匂い、そして人の叫び声だった。


負傷者が床に並び、包帯を巻かれた冒険者たちが呻いている。

折れた槍、血に染まった鎧。

まさに“働く戦場”だった。


「……こりゃ本格的だな」

カイが思わず口笛を吹く。

リナは息を呑んだ。

「こんなに……たくさん……」


ミラが手早く説明する。

「ダンジョンの崩落で、骨折・切創・呼吸障害が多発しています。

 ギルド付きの司祭は二名いますが、連日の施療で肉体、精神共に疲弊していて…」


「なるほど。」

ライネルは袖をまくり、机の上に手帳を置く。

「こちらで引き継ごう。――リナ、器具を。カイ、担架を動かせ。」


「了解!」「おう!」


かすかな血の匂いに、ライネルはまぶたを伏せた。

(……嫌な夜を思い出す匂いだ)


彼の指示は軍隊のように的確で、だが声は静かだった。

その落ち着きが、場の混乱を吸い取っていく。


ミラが小さく感嘆の息を漏らした。

「……まるで団長ですね。」

「俺は“孤児院院長”の延長みたいなものだよ」


リナが薬草を取り出しながら尋ねた。

「司祭さっ、じゃない、先生、どの怪我人から祝福術をしますか?」


ライネルは小瓶の水を受け取りながら、短く答えた。

「――どれにも、まだ施さない。」


「えっ? でも怪我人が――」

「落ち着け。

 施療は、順序を間違えると、お互いに疲弊するだけだ。」


リナは首を傾げる。

「患者も疲れるんですか?」

「リナ、状況の確認、情報の整理は何をするにしても重要なことだ。」


ライネルは患者の腕を取り、静かに言葉を紡いだ。

「傷口の血を拭き、汚れを洗い、骨の位置を戻す。」


「それだけですか……?」


「それだけだ、今は患者の数も多いい。傷の具合を見てしっかりと優先順位をつけていくぞ。」


カイが運んでいた担架を下ろしながら聞く。

「たとえば?」


「意識があるか、ないか。もしくは中身が見えているか、いないかだな。」


「……マジか。」


「祝福術は有限じゃない。

 便利な道具扱いで使い続けれはば、いつか満身を引き起こし神の威光は減る。」


リナが真剣な顔で頷く。

「……だから先生は祈らないんですね。」

「祈りは使うものじゃない。届かせるものだ。」


作業は続いた。

ライネルの指示のもと、包帯が巻かれ、薬草の香りが漂う。

カイは怪力でベッドを持ち上げ、

リナは新しい包帯を巻くたびに「これで大丈夫ですか」と確認する。


ミラが隣で記録を取りながら笑う。

「皆さん、働き方が見事に効率的ですね。」


ライネルは肩越しに応えた。

「俺にとって働くとは、命を繋ぐために動くことだ。

 それに俺が祈るより患者に祈ってもらったほうが神も喜ぶ。」


「……患者。宗教勧誘しないでください。」


「勧誘じゃない。必然だ。今は患者の方が多いんだ。神に祈るやつも俺より多くなるさ。」


カイが苦笑した。

「司祭様、それ神様本人が聞いたら怒らねぇか?」

「神は怒らん。欲深な人間が怒るだけだ。」

「ははっ、納得だ。」



夕暮れが近づくころ。


仮設の診療所に最後の患者が運ばれる。


――リナやカイと同じくらいの年の子だろうか。腹部の傷のからは内蔵がはみ出し、肺に木片が突き刺さり息をする度にゴボゴボと音がなる。


一目見てライネルが口をひらく。

「リナ、カイ。後はこいつ一人だ。俺だけで診察は十分だ。外に出て休んでいろ。」


いつもより優しい口調のライネルに、食いぎみでリナとカイが答える。

「この患者さん重傷ですし手伝います。」

「最後なんだろ?手伝うぞ。」


「いいから!外に出てろ!」


語気を強めたライネル。


察したミラが二人を連れ出す。

「ライネル先生もこうおっしゃってますし?行きますよ二人とも。紅茶とお茶菓子だすので休憩してまってましょ?」


明るく連れ出すミラの背中に声を掛ける。

「…ありがたい。たのんだ。」


「貸し。一ですからね。」


最後の患者の診察を終えたライネルは、


リナとカイの待つ客室に向かった。


「二人とも、今日はよく動いた。

 だが――“治す”ということを、もう一度考えろ。」


「……傷を癒すこと、じゃないんですか?」

「それも一つだ。

 だが本当の施療とは、“痛みを理解して動く”ことだ。

 手が動かず、声が出ず、息が詰まる者の代わりに――動ける者が動く。ただ、それが常に生に繋がるとも限らない。だからこそ常に考え続けろ。」


カイが少し低いこえで聞く。

「……司祭、それって、もしかして。」

「カイ。おまえは本当に賢い子だよ…」

「じゃあ…やっぱり…」

「忘れろ。おまえたちはまだまだ若い。今は俺が全て受け止める。いいんだそれで。」


ミラが大きな音をたて帳簿を閉じて言った。

「さて、施療班の方々や患者さんから感謝が殺到してますよ。

 “あんな施療を見たのは初めてだ”って。」


「ありがたいが、褒め言葉では飯は食えん。

 明日には忘れていい。」


「え、そんな……!」

リナの耳と尻尾がショックでうなだれる。


「そうですか。じゃあ、お忙しいライネル先生の変わりに患者の皆さんに神様に祈って頂きますね。」


「ああ、そうしてくれ」



夜、ギルドの裏庭。

火桶の火が揺れ、三人が腰を下ろして休んでいた。

リナは包帯を巻いた手を眺めている。


「……施療って、神様の真似事みたいですね。」


ライネルが応じた。

「そうだな。神は、俺たちを通じて成し遂げたいことがある。だから、人が動くたび、神も働く。今日の施療で神様のお気に入りでもいたんだろう。」


カイは火を見つめながら言った。

「……でも、働かない神もいるんだろ。」


「いる。だが、“見てる”神も同じくらい多い。」


「じゃあ司祭、お前はどっちなんだ?」


「俺か?」

火の明かりが瞳に映る。

「――働く神の代行者だ。

 だが、サボるときは神ごとサボる。」


リナが吹き出した。

「先生、それ信仰的にどうなんですか!」


「合理的と言え。」


笑い声が夜に溶けていく。

だがその笑いの裏で、酒場の奥からひとつの視線がリナを追っていた。

酔いと欲に濁った瞳――それが、静かな影を落とす。


ライネルは気づいていた。

彼の手が、ゆっくりとメイスの柄に触れる。


「……働く信仰は、休まんらしい。」


火がぱちりと弾け、夜が深く沈んだ。

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ライネル神父は、今日も祈らず誰かを救う ― 神は沈黙し、神父は動く ― ひたむき @EyesSentry

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