幼馴染と疎遠になって自分が本当に必要なものに気が付いた百合

美濃由乃

第1話


 私にとって幼馴染の彼女は、一番の友達で、彼女にとっての私も、きっと同じはずだった。

 なのに、いつからだっただろう。自信を持ってそう言えなくなったのは。





 眼前に広がる光景を見て、まず漠然と感じたのは懐かしさだった。

 真四角の部屋には、対になった小さな椅子と机が、所狭しと並べられている。前方には大きな黒板、後方には乱雑に物が詰め込まれているロッカー。

 私はいつここに、幼い頃に通っていた小学校に来たのだろう。

 懐かしい教室を見渡しながら、ぼんやりとしたまま立ちすくんでいると、誰もいなかったはずの教室で、不意に歓声があがった。



「わぁ! はなまるだ! すごいね!」


 振り返れば小学校低学年くらいの女の子がふたり、いつの間にか談笑していた。


 よく見れば、ふたりの女の子には、どちらも見覚えがあった。

 一人は私だ。眼鏡をかけていて、少しつり目。地味なくせにその目つきのせいで、無駄に気が強そうに見える。

 まだ小さなその手には、満点のテスト用紙が握られていて、もう一人の女の子に褒められては、満更でもなさそうな表情かおをしていた。


 目の前の光景を見て、私はため息をつかずにはいられなかった。子供の頃から、私はそんなに可愛くなかったんだと、現実を自覚させられたから。

 ただその落胆と同時に、わかったこともあった。

 それは、今見ているこの光景が夢だということ。

 幼い自分が目の前にいる状況で、それを理解するのに時間はいらなかった。

 今私は、昔の夢を見ている。そうなってくると、もう一人の女の子も、自ずと誰かが分かってきた。

 先ほどから凄い、カッコいいと、まるで自分のことのように、純粋に喜んでくれているこの子は、私の幼馴染だ。


 一見男の子にも見えるくらいに短く切り揃えられた髪、どことなく中性的な顔立ちも相まって、知らない人が見たらすぐには性別が分からないかもしれない。

 確かにこの頃は、今より男の子っぽかったなぁと、懐かしさからまじまじと彼女を眺めてしまう。

 幼い二人には、そんな私が見えていないようで、構わず会話を続けていた。


 懐かしかった。

 屈託なく笑う彼女が。

 あんな表情はしばらく見ていないけれど、昔はいつも、あの顔を私に向けていてくれたっけと思い出を辿る。


 昔の彼女は少し引っ込み思案だった。いつも自信がなさそうに私の後ろにくっついてくる、そんな存在。

 きつい目つきのとおり、昔は無駄に気の大きかった私は、幼馴染の彼女は自分が守ると、子供ながらに変な使命感を帯びていたものだった。


「わたしにはむずかしかったなぁ」


 急に彼女の笑顔が萎む。それだけで、太陽を雲が隠してしまったように、急に辺りが暗くなった気がした。

 見ると、彼女の手には、お世辞にも良いとは言えない点数のテスト用紙が握られている。


 ふさぎ込んだ顔。

 彼女には似合わない。

 笑っていて欲しい。

 この顔を見る度にそう思っていたことを思い出す。

 夢だということも忘れて、思わず声をかけようとして、先に幼い自分が声を張り上げていた。


「そんなことない! きっとできるよ!」

「でも」


 自信が無さそうな、頼りない声色。

 昔の彼女はいつもそうだった。

 何をするにも自信がなくて、自分からは何も始めることができない。

 私は、そんな彼女に頼ってもらえるのが嬉しかった。

 自分が必要とされているのが幸せだった。


「わたしがおしえてあげるから!」

「え、いいの?」

「あたりまえでしょ! じゃないと、大きくなってからおなじ学校にいけなもん。いっしょにいれなくなっちゃうよ」

「そんなのいやだ。ずっといっしょにいたいよ」


 その言葉を聞いて、幼い私の顔が赤くなる。きっと今の私も同じだ。

 幼い彼女の顔を見ていられなくなって、何気なく窓の外に視線を外す。昔の私も同じことをしているだろうということは、目を背けていてもなんとなく分かった。

 あの頃から、私は成長していないのかもしれない。


「わたしが何でもおしえてあげる! だからずっといっしょにいようね!」

「えへへ、ありがとう。約束だよ!」


 視線を戻すと、頬を染めてニヤニヤした顔を背けながらも、口では一丁前のことを言う私と、本当に嬉しそうに、幼い私に抱き着く彼女がいた。

 彼女の明るい表情を見て、また太陽が出てきたように、世界が明るり、そのまま私の意識は、とけるように覚醒していった。




 枕の下がうるさい。

 何かが震える振動が伝わって来る。

 いつまでもおさまらない揺れに耐えかねて、手を枕の下に突っ込んだ。

 すぐに異物を探り当てる。かたくてひんやりした手触りのそれを掴んで引っ張り出せば、手の中には振動しているスマホがあった。

 アラームがセットされた画面を見て、すぐに朝だと理解する。

 まだ横になっていたい気もしたけれど、眠気に耐えてゆっくりと身体を起こす。

 目を覚まそうとカーテンを開けても、朝の日差しがまったく入ってこない。

 空は重苦しい雲に覆われていたから。


 曇り空に思わずため息がこぼれてしまう。

 それでもすぐに気持ちを切り替えられたのは、天気なんか関係ないくらい、今日という日が楽しみだったから。

 スマホを開けば今日の日付、意味するのは私の誕生日。

 机の上に視線を向ければ、丁寧に纏められた2枚のチケットが置いてある。


 特別に有名なわけじゃない地元の遊園地。

 全国的に有名な大きいテーマパークと比べると、規模も小さく、園内にあるアトラクションも、どこか子供らしさを感じる作りで華やかさにかけている。

 それでも、昔から地元の人たちに愛されていて、親子連れなんかで休日は賑わっている、そんな場所。

 小さい頃は彼女と一緒に、何度も遊びに行った想い出の場所だった。


 私が大事に保管していたのは、親からもらった遊園地のナイトパス。

 夕方からしか園内に入れないチケットだけど、昼間は学校に行かなければならない私たちには丁度よかった。

 今日は学校が終わったら、そのまま彼女と遊園地に行く約束をしている。


 チケットを手に取り、考えたのは夢で見た光景。

 あんなに仲が良かった私たちの関係は、年齢を重ねるごとに変化していった。


 引っ込み思案で、自分に自信を持てなかった彼女は、今ではすっかり変わってしまった。

 元々美形の顔だったけど、伸ばした髪も染めて女の子らしくなり、今ではすっかりと社交的になった。

 高校に入ってからは、どこで興味を持ったのか軽音楽部に入り、そこで出会った新しい友達と、楽しそうに学校生活を送っている。


 だから今では、私と彼女が一緒にいる時間はめっきり減っていた。

 もちろん縁がなくなったわけじゃない。

 朝は今でも毎日一緒に登校しているし、学校でも同じクラスで、彼女はしょっちゅう宿題を忘れては私を頼って来る。

 彼女に頼ってもらえるのは嬉しかった。けれど、心のどこかで少しだけ寂しさも感じていた。


 なんだか、便利に使われているだけのような気がしたから。


 彼女と一緒に過ごす時間は、歳を重ねるごとに少なくなっている。

 今では私のそばに居てくれるのは、困って宿題を写す間だけ。それ以外は、すぐに他の友達のところに行ってしまう。

 新しい友達ができるのは、もちろんいいことだと思う。

 自信を持って、だんだん変わっていく彼女を見るのは、私も好きだった。

 そのはずだったのに、いつからだったか、素直に喜べていない自分に、私は気が付いた。


 新しい友達が彼女に増えるたび、彼女が私のそばにいてくれる時間は減って行く。

 私の扱いも少しずつ雑になっていく。それに気が付いてから、私は彼女が変わっていく姿を、素直に喜べなくなってしまった。


 お互い成長して、新しい世界が見えて、目指す場所も変わって来る。

 それは当たり前のことで、けれど、それでも変わらないものだってあってもいいんじゃないだろうか。

 いくら一緒にいることが少なくなっても、お互いが大切な存在だと思っている心は、きっとそのままなんだと、私はそう思っていたかった。


 だから私は、誕生日に一緒に遊園地に行こうと、彼女を誘ったのだ。

 いつも一緒にいようなんて、そんな多くは望まないから。

 けれど、せめて特別な日くらいは一緒に、また昔の頃みたいにふたりだけで過ごしたい。

 今日という日を私の隣で過ごしてくれるなら、また昔みたいに笑いかけてくれるなら、私はそれだけで満足できるから。

 

 今日のために、もう何週間も前から約束は取り付けている。

 鏡に映った自分が、見るからに浮ついた表情をしているのは、それだけ今日が楽しみだったから。

 嬉しさに弾む自分の心のように、彼女も今日のことを楽しみにしてくれているだろうか。

 そう考えながら、私は学校へ行く準備を始めた。

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