第13話:街道の遭遇と、新たな武器
アークライトの街を後にしてから、数日が過ぎた。 俺たちは、西へと向かう街道を馬車で進んでいた。
今回、ギルドからの特別報酬と、俺たちの貯蓄を合わせて新調した幌馬車だ。 御者台には、アークライトで新調したばかりの鋼鉄の鎧を纏ったイグニスさんが座り、手綱を握っている。 前の愛用していた鎧は「守護者」との戦いで鉄屑になってしまったため、かなり痛い出費だったが、前衛の要である彼の装備をケチるわけにはいかない。
「……ふあ」
荷台に揺られながら、俺は大きくあくびをした。 手元には、ゼフィルさんから借りた魔物図鑑。そして腰には、リリアさんがくれた鞘に収まったショートソードと、左腕には相棒となった古代の小盾(バックラー)。 これが、今の俺の全財産であり、戦うための爪牙だ。
俺たちの次の目的地は、イグニスさんの故郷「ヴァルム村」。 ギルドでの会議で、次なる異変の予兆ありとされた場所だ。
「……イグニスさん、止まってください」
御者台に座る彼に、荷台から声をかける。 街道の少し先、道の脇に荷馬車が乗り捨てられているのが見えた。
俺たちは、警戒しながら馬車を降り、現場へと近づく。
「ひどいな……」
荷馬車は無残に破壊され、積荷だったであろう穀物袋が周囲に散乱している。だが、奇妙なことに、血の跡がほとんどない。
「……アレン、どう思う?」
イグニスさんが、大剣の柄に手をかけながら低い声で尋ねる。 俺は、周囲の地面を注意深く観察した。
「争った形跡はありますが、一方的すぎます。それに、この足跡……」
俺が指さしたのは、獣の爪痕に混じって残された、整然としたブーツの跡だった。
「魔物を使役する、知能ある者の仕業です。ただの野盗や魔物じゃない。統率が取れています」
俺がそう結論づけた、その瞬間だった。
「――グルルルルアアアッ!」
茂みの中から、複数の影が同時に飛び出してきた。 黒い粘液のようなものに体を覆われた、異形の狼型魔物の群れ。数は六体。
「チッ、待ち伏せはこっちだったかよ!」
イグニスさんが、即座に大剣を抜き放ち、俺とリリアさんの前に立ちはだかる。
「ゼフィル、援護を頼む! リリア、下がってろ!」 「了解した!」
戦闘が始まった。 イグニスさんが咆哮と共に二体を薙ぎ払い、ゼフィルさんが放った氷の礫(つぶて)が、飛びかかろうとした一体を撃ち落とす。
だが、敵の動きは、これまでの魔物とは明らかに違った。統率が取れている。 数体がイグニスさんを陽動として引きつけ、その隙に別の個体が、死角から詠唱中のゼフィルさんへと襲いかかったのだ。
「しまっ……!」
ゼフィルさんの詠唱が間に合わない。 狼の鋭い爪が、魔術師の喉元に迫る。
させない!
俺は、反射的に体が動いていた。 奇跡はない。身体強化もない。あるのは、イグニスさんに叩き込まれた「受け流し」の技術だけ。 俺はゼフィルさんと魔物の間に滑り込み、左腕のバックラーを突き出した。
ガギンッ!!
重い衝撃が左腕を貫く。骨がきしむ音がした。 だが、バックラーの絶妙な曲面が、狼の爪を滑らせ、致死の威力を外側へと逃がした。
「アレン!?」
「詠唱を続けてください!」
俺は叫びながら、バックラーで弾かれた狼の鼻先に、ショートソードを突き出した。 深手は負わせられないが、牽制にはなる。 俺が稼いだ、わずか数秒。その隙に、ゼフィルさんは冷静に距離を取り、風の刃で狼を切り裂いた。
「……助かった。いい飛び出しだ」 「いえ、必死だっただけです」
俺は震える手を隠すように剣を構え直す。 恐怖はある。だが、足はすくんでいない。 この盾と、少しの勇気があれば、「壁」の一枚くらいにはなれる。
だが、敵の脅威はそれだけではなかった。
「ゼフィルさん、まだいます! 影の中!」
俺の「目」が、不自然な魔力の揺らぎを捉えた。 魔物の群れの後方、木の影から、黒いローブを纏った一体の魔術師が姿を現し、その杖先がゼフィルさんを捉えていた。
「『影縛りの呪詛(シャドウ・バインド)』!」
ゼフィルさんの足元から、無数の影の手が伸び、彼の動きを完全に封じ込める。
「くっ……! 束縛魔法か!」 「ゼフィル!」
イグニスさんが助けに行こうとするが、残りの狼たちが壁となって立ち塞がり、身動きが取れない。
「フン、雑魚どもが。まずは厄介な魔術師から処理させてもらう」
敵の魔術師が、ゼフィルさんにとどめを刺すべく、次の詠唱を始める。 その周囲には、見慣れない複雑な紋様の防御術式が展開されていた。
「ゼフィルさん、あの術式!」
俺は、パーティーの「司令塔」として、その術式の構造(ロジック)を必死に読み解いた。 回転する魔法陣。明滅するルーン文字。 一見複雑だが、その魔力循環のパターンは、あまりに規則的すぎた。
あれは……俺のいた世界で言う『シングルタスク』だ!
攻撃魔法の構築と、防御障壁の維持。その二つを同時に行うほどの処理能力が、あの術式にはない。
「ゼフィルさん! あの術式、攻撃と防御を同時に行っていません! 高速で切り替えているだけです!」
「なに……?」 影に縛られたまま、ゼフィルさんが俺を見る。
「奴が攻撃魔法を放つ瞬間、魔力の供給が攻撃に全振りされます! 必ず、防御術式が一瞬だけ薄くなる『隙』が生まれるはずです!」
俺の分析に、ゼフィルさんは一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが、すぐにその口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
「……なるほど。術式の『呼吸』を読め、ということか。……相変わらず、君の目は嫌らしいところを突く」
「指示をお願いします、アレン!」
「来ます! 奴の攻撃の直後……防御が再展開されるまでの、コンマ数秒!」
敵の魔術師が、勝利を確信したかのように、ゼフィルさんに向かって黒い雷の矢を放った。 ゼフィルさんは、影に縛られたまま、上半身だけを逸らしてそれを紙一重で回避する。
そして、今。 雷を放ち終えた術式が、防御へとリロードされる、その一瞬の空白。
「――今です!」
俺の叫びと、ゼフィルさんの無詠唱の魔力放出が重なる。
「『アイス・ランス』!」
ゼフィルさんの杖から放たれた氷の槍は、敵の防御障壁が再展開されるよりも僅かに早く、その隙間を縫うようにして、魔術師の胸を正確に貫いた。
「ガハッ……!?」
魔術師が倒れると同時に、ゼフィルさんを縛っていた影も霧散する。 指揮官を失った狼たちは、恐れをなして森の闇へと逃げ去っていった。
「……はぁ……はぁ。とんでもねえ作戦を立てやがる」
イグニスさんが、血糊のついた大剣を払いながら、呆れたように、しかし嬉しそうに笑った。
「攻撃の瞬間にカウンターを合わせろなんて、タイミングがズレたら即死だったぞ」
「アレンさんの『目』がなければ、危なかったですね」
リリアさんも、安堵のため息をついて俺に駆け寄る。
「アレンさん、腕を見せてください。バックラーの衝撃、すごかったでしょう?」
「あ、はい。ちょっと痺れてますけど、骨は大丈夫そうです」
俺は、傷だらけになったバックラーを撫でた。 これがなければ、俺の腕は狼に噛み砕かれていただろう。 道具への感謝と、自分の判断で仲間を守れたという確かな手応え。
「フン」 ゼフィルさんが、服の埃を払いながら俺に歩み寄る。
「君のその『目』は、どうやら私の魔法理論よりも、よほど実戦的らしいな。……助かった」
その言葉は、素直な感謝だった。 俺は、まだ痛む腕の痺れを感じながら、仲間たちの笑顔に、静かに応えた。
俺たちは再び馬車に乗り込み、西を目指す。 だが、この襲撃者の存在が、これから向かうヴァルム村に待ち受ける闇の深さを、如実に物語っていた。
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