第12話 ダンスレッスンは続く
ゼログラビティのメンバーは、毎日のようにレッスンを受けていた。
アイドルというキラキラした職業ではあるが、陰では想像もできないほどの努力を積み重ねているのだ。
コハルと会話をしてから二日後のこと、ダンスレッスンの日。
外は雨が降っておりジメッとしているが、スタジオ内は熱気に包まれていた。
「ほら遅れないで、コハル!」
「はい!」
厳しいキキの発言に、必死について行くコハル。
本人は苦しそうにしているが、諦める様子は毛頭も無い。
彼女も彼女なりに頑張っていて、俺は口には出さないが心の中で応援をする。
だが頑張っているのはコハルだけではない。
ダンスの先生の指導を受けながら、全員が一丸となって集中して踊っている。
俺は彼女たちの頑張る姿を見ながら、自分も頑張らなければとノートパソコンを開く。
打ち合わせのためのメッセージのやりとり。
スケジュールの調整。
営業にもいかないとけないし、メンバーのSNSのチャックも大事なことだ。
会社に戻ったら事務的な仕事もあるしとやることは多い。
マネージャーってもっと単純な仕事だと思っていたが、本当に忙しいな。
「はい、少し休憩にしましょう。コハル。悪くないけどもう少しこうやって……」
「……はい」
一人だけ先生に指導されるコハル。
青い顔をして辛そうだが、やらなければならないことと思っているのだろう、真剣に話を聞いていた。
「お兄ちゃん、何やってるの」
「仕事だよ。SNSチェックもしてるけどリアラ、もう少し投稿頻度を上げた方がいいんじゃないか」
タオルで汗を拭いて俺のところへやって来るリアラ。
彼女のSNSを見ていたが、投稿は三日前となっている。
SNSを活用することも大切なことで、こういう細かいことで手を抜いていてはいけない。
「お兄ちゃんがそう言うならそうする」
「じゃあそうしてくれ。いきなり名前が売れることもあるけど、地道にアプローチしていくことも必要だからな」
「うん。私頑張るから見てて」
クール風な表情で親指を立てるリアラ。
本当にやるのかどうかはまだ定かじゃないけど、とりあえずは彼女を信用しようじゃないか。
「あのー、龍太さん」
「どうしたコハル」
指導が終わり、コハルも俺の元へと歩いてくる。
相当しんどかったのか、過呼吸でも起こしているのではないかと思うほどの息切れをしていた。
「大丈夫か?」
「は、はい……それより私を励ましてくれませんか」
「励ますとは?」
「龍太さんに励ましてもらえたら、私もっと頑張れると思うんで……」
「はぁ?」
「ひっ!?」
コハルの隣に位置するリアラが静かに怒りの炎を燃やす。
皆がいる時の外面で、コハルを強く睨みつけている。
「リアラ、落ち着けって」
「だって、お兄ちゃんに励ましてもらうなんて……」
俺は嘆息し、リアラの耳元で小声で言う。
「リアラも頑張れ。応援してるから」
「お兄ちゃん、じゅるいよぉ。そんな風に言われたら、リアラ何も言えなくなっちゃうじゃん」
デレた表情になるリアラ。
周囲に顔を見られないよう、顔を伏せてニヤニヤとしている。
ってことで次はコハルだ。
俺が励ますだけで頑張れるなら、ドンドン励ましていこう。
「頑張れコハル! コハルならできるはずだ。辛いかもしれないけど諦めるな!」
「はい、かしこまり!」
コハルは息を切らせたままではあるが、嬉しそうに微笑を浮かべる。
「おいおいコハル。やる気に満ち溢れてるじゃないか」
「え、はぁ……龍太さんに応援してもらいましたので。いつもの倍以上は頑張らないとバチが当たります」
「そうか。私も応援してるよ」
「はぁ……」
アオイがコハルの肩を叩くが、彼女は微妙な表情を浮かべる。
リアラと同じタイプか。
無意識に態度を変えてしまっているようだ。
こういうのって、周りから見たらどんな風に映るんだろう。
そんな風に少し危惧するが、だが誰もこちらを見ていない。
ダンスの復習や考えことをしているらしく、休憩中だというのに集中している。
「そろそろレッスンを再開しましょう。それじゃさっきの続きから」
講師の言葉に全員がダンスに戻る。
リアラとコハルはさきほどよりもさらに力を入れて踊り、周囲はその変化に驚いていた。
何があったのだろう……そんなことを考えているような顔だ。
俺が応援しただけなんだけど、応援だけであそこまで頑張れるものなのか。
もう苦笑いをするしかなかった。
それからダンスが終わり、コハルはヘトヘトで立ち上がることもできないようだ。
スタジオの真ん中でへたり込んでおり、泣きながら俺の方を見ている。
「り、龍太さん……私、頑張りましたよ」
「あ、ああ。見てたよ。お疲れさん」
まるで戦場帰りの兵士かのよう。
心身ともに疲弊し、指一本も動かせないような様子。
いや、頑張るのはいいけど飛ばし過ぎじゃないか?
「今日は家まで送ろうか」
「ありがとうございます……私は果報者ですね」
「送ってあげるだけで果報者って……大袈裟だ」
「私も送ってほしい」
「分かってる。リアラも家まで送るから」
俺にアンテナを立てているリアラは、コハルを送ると申し出た俺にすぐさま反応する。
そして自分も送ってほしいと上目遣いをしてきて……断るつもりもないけど可愛いな、おい。
「あのさ、風間さん」
「ん?」
タオルを肩にかけたキキが俺へと近づいてきて、何か言いたげな顔をする。
だが次の言葉が出て来ないようで、俺の前で俯いてしまった。
「どうしたんだ。話なら聞くけど」
「あ、ううん……あ、その……」
キキにしては珍しく、煮えたぎらない態度。
言いにくいことなのか、一向に何も話そうとしない。
「話しにくいならメッセージでもいい。言いたいことを送っておいてくれ」
「そう? じゃあ、そうしようかな」
キキは俺から離れ、自分のカバンを置いてある位置まで移動し、すぐに携帯を取り出す。
『ちょっと話があるんだ』
キキから送られてきたメッセージにはそう書かれていた。
話……人に言えないことなのか、あるいは回りの目を気にしていなかったのか。
おそらく後者であろう。
リアラと同じで、本来の自分をさらけ出すのが苦手なのか?
俺は彼女の話を聞く旨があることを送信すると、彼女からすぐに返信がくる。
『後で時間ある?』
『リアラとコハルを家まで送った後なら』
『それでいい。お願いします』
キキは皆に強いと思われているが、普通の女の子として接することにしよう。
誰にだって悩みはあるし、強そうに見えてそうでもないことだってある。
キキだってもしかしたらそういうタイプかも知れないからな。
「じゃあお疲れさん。リアラもコハルもメチャ頑張ってたし、ゆっくり休めよ」
「バイバ~イ、またね皆~」
アオイとノノが帰って行く。
残りの三人は帰り支度を済ませ、俺と共にスタジオを出た。
外に出ると真っ暗で、まだ雨が降っている。
入った時は明るかったのに、長いこと頑張ってたんだなとメンバーの頑張りには驚くばかり。
俺だったらできるだろうか。
これだけのことを毎日のようにこなす皆には、尊敬の念を抱き始めていた。
車に乗り込むと、リアラは定位置である助手席に座る。
コハルは俺の真後ろに、キキはその隣の席に腰を下ろす。
「出発するよ。忘れ物はない?」
「大丈夫」
「問題ありません」
「問題無ーし」
「OK」
車を走らせスタジオから離れる。
すぐに信号に引っかかりキキの方を見ると、彼女は手に顎を乗せ窓から町の景色を眺めていた。
彼女の話とは何だろう。
金を貸してくれとか、そんなのだったら困るなぁ。
まぁそれは無さそうだけど。
なんてそんなことを思案しながら、ゆっくりと夜の町を車で走らせた。
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