第9話 チャンポンと麻婆豆腐
ラジオ局の社員さんたちと顔合わせを終了し副調整室、通称『サブ』と呼ばれる場所からリアラたちの収録を見守っていた。
「この間さ、喧嘩してる現場に出くわして、仲裁に入る流れになっちゃって。男同士の喧嘩に女の私がだよ? 信じられる?」
「信じらんないね。首を突っ込むアオイが」
「私の性格の話!?」
「そう言う話でしょ」
「ちょっと違うんだけどなぁ……」
リアラとアオイのやり取りは、楽しい雰囲気に見えていた。
素人目でしかないが、悪くないと思うんだけどな。
実際、収録をしている人たちは笑いながら聞いている。
「とにかく、一切ビビらない私が駆り出される形になって男二人を説得することになったわけ。こんな出会いならいらねえって。普通に男と出会いたかった! あ、彼氏は募集してるわけじゃないんですけどね」
爆笑がサブ内に響き渡る。
やはり順調なようだ。
ラジオのリスナーは昔と比べると減ったようだが、それでも続けることによってメリットは大きい。
文字通り彼女たちの話に耳を傾け、自身をさらけ出すような会話に根強いファンが付くこともあるとのこと。
人気が出始めたゼログラビティ。
これからが大事なので出来ることは一つずつやっていかないと。
それが会社の方針のようだ。
「アオイさん、いいよね」
「リアラちゃんもいいじゃない。あの冷たい感じ俺好きよ」
「二人ともいい所がある。それぞれの魅力があってこそのグループだよな」
局の人たちにもゼログラビティの評判は良いらしく、ファンのような顔で二人の話に集中している。
この子たちのマネージャーを俺が……責任は重大だ。
◇◇◇◇◇◇◇
「レッスンに合流……次はダンススタジオだ。食事はどうする?」
「お兄ちゃんの好きなの行こうよ」
「俺の好きな物ね……アオイが好きな物は?」
「私は中華。激辛のやつがいいな」
これからのスケジュールを確認しつつ、 ラジオ局の廊下を歩く。
この後にレッスンが控えているが、食事をしておかないと体が持たないだろう。
食べに行くのはアオイの食べたい中華でいいが……激辛中華なんて俺の情報網にはないんだけど。
「私、辛いの苦手」
「リアラってそうだよな。じゃあ普通のでいいよ。普通の中華」
「普通の中華なら俺の行きつけの店がある」
俺がそう言うと、リアラが興味深そうに強い視線で俺を見つめてくる。
行きつけの店だけで何でそんなに反応するんだ……まぁリアラのことだからもう驚かないけど。
「決定」
「はいはい。アオイもその店でいい?」
「ああ。中華は好きだから、どんな店でも行ってみたいから」
駐車場に到着し、車に乗り込む。
リアラは迷うことなく助手席に乗り、アオイは後ろの席に乗った。
「リアラが助手席って、珍しいな」
「そう?」
「ああ。いつも後ろの端を選ぶだろ」
「なら気まぐれかもね」
アオイの問いに静かにそう返すリアラ。
だが彼女は上機嫌なのか、口角が自然と上がっている。
恐らく俺の隣に座れるのを喜んでいるんだろうけど、そんなことぐらいで嬉しいものかね。
エンジンをかけ、ゆっくりと走り出す。
「運転できるお兄ちゃんはやっぱり有能」
「運転ぐらい誰でもできるでしょ。免許があれば」
「そうだぞリアラ。私だって運転できるんだからな」
「アオイが運転できてもスタンダート」
「扱いが違い過ぎないか!?」
アオイに対しては塩対応。
俺とそれ以外では扱いが違い過ぎる。
計算してそんなことをしているのか。
無意識でそうしているのか。
自分で分かっててやってるなら怖いけど、この子の場合後者な気がしてならない。
悪い子じゃないからな。
目的の中華料理屋に到着する。
ラジオ局とレッスンスタジオの丁度間ぐらいの場所にあるその店は、細長くカウンターしかない料理店。
年配の老人が一人でやりくりしており、少し小汚いところが俺は気に入っている。
でも冷静に考えると、女性にこんな店どうなんだろう。
少し不安になってリアラとアオイの方を見てみるが……二人共目を輝かせていたことにホッとする。
「ヤバッ。こういう店大好き」
「お兄ちゃんのお気に入りの店……今日から年間365日ぐらい通おう」
「それって毎日! 休みの日もあるから毎日は無理だぞ」
アオイの後ろで肩を落とすリアラ。
まさか本気で言ってたのか……?
本気だとしたら、もう少し自分のことを見つめなおした方が良い。
どれだけおかしなことをしているか気づくはずだから。
「マネージャーのおススメは?」
「俺のおススメはチャンポン。ここのチャンポン、最高なんだよ」
「じゃあ私、チャンポン15人前」
「頼みすぎ! 大食い選手にでもなるつもりか!」
「お兄ちゃんとの空白の15年。これで埋めたくて」
チャンポンを食べても埋まるのは腹の隙間だけだぞ。
しかしこんなお笑いのボケみたいなことをやってもアオイには気づかれていない。
普段のリアラがクールすぎてそんなこと言うはずがないと、アオイの脳が処理を拒否しているのかもしれないな。
おーい、ここにいるリアラはクールなんかじゃないぞ。
「店主。辛い食べ物ってあるかな」
「はい。麻婆豆腐なんて辛くて美味しいですよ。辛いのがいいなら、普通より辛くもできます」
「じゃあ出来るだけ辛く頼む。私は辛党なんだ」
「はい」
コック棒をかぶった店主は、俺たちの注文した料理を作り出す。
鉄なべで料理される具材たち。
リズムよく調理されるいい音が聞こえてくる。
香ばしい匂いがまたいい。
ここに来ると、味覚だけではなく色んな楽しみ方が出来る。
ま、そんな楽しみ方してるの俺ぐらいのものだろうけれど。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
俺とリアラの前に置かれるチャンポン。
濃そうなスープに鮮やかな具材。
これが食いたいがためにこの店には随分通っている。
相変わらず美味そうだ。
見ているだけで涎が出てくる。
「おお……これがチャンポン」
チャンポンぐらい知ってるだろう。
そうツッコんでしまいそうになるが、リアラはチャンポンを前にして感嘆な声を上げ、携帯で何度も写真に収めていた。
他の人がいるからクールなフリをしているが、だが興味の方が勝っているようだ。
キラキラした瞳で楽しそうに笑ってしまっている。
でもまたこれがアオイにバレない不思議。
そんなアオイは麻婆豆腐の写真を取り、ゴクリと喉を鳴らしていた。
彼女に用意された麻婆豆腐は灼熱のように赤く、マグマのようにグツグツと煮立っている。
「いただきます」
俺たちは一斉に食事を開始する。
音を立てて食べる俺に対して、リアラは静かに上品に華憐にチャンポンを口にした。
「うん、美味しい」
俺に向かって親指を立て、食事を楽しんでいるリアラ。
自分が好きな物を認められた気がして、彼女の反応は素直に嬉しかった。
「ううう……辛い。でもそれがいい! 美味いよ店主」
「ありがとうございます」
アオイが麻婆豆腐の辛さと美味さに涙を浮かべ、ヒーヒーいいながらも次々に口にしていく。
よっぽど辛いのが好きなんだな……普通に辛い物は食べられるけど、あそこまで辛いのを好んでは食べられないな。
俺は唖然としつつ、だがこの後にもまだ仕事が残っていることを思い出して箸を進める。
沢山の野菜、プルンと口の中で弾ける綿。
スープのうま味も最高で、口にするもの全てが美味しい。
やっぱりこの店はやめられないな。
食べ終えてすぐにまた来たいといつも思わせてくれる、自分の中でもベストに近い店だ。
食事を終え、車に戻る俺たち。
リアラもアオイも満足したらしく、幸せそうな表情を浮かべている。
アオイは汗が止まらないらしく、顔を手でパタパタと仰いでいた。。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
「いやー美味かったよ。良い店をありがとうマネージャー」
「また来ようね、お兄ちゃん」
俺は二人に頷き、車を走らせる。
彼女たちが喜ぶ顔を見れただけでも、この仕事を始めて良かったかも。
そう思えるよう食事の時間だった。
この後に大変なことが待ち受けているのを何も知らないままに……
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