会社を辞めて意気消沈していた主人公・弥尋は、不思議な喫茶店に迷い込み、妖怪たちの世界へ迷い込んでしまう――
喫茶店の店主・薊の手によって、弥尋は心の芽を調理したお茶を飲むことになる。
この化け狐である薊によって作り出された手際が実に鮮やかです。湯を沸かし、香辛料を磨り潰し、丁寧に煮出してお茶を淹れていく描写は読んでいるだけで心躍ります。心の悩みを元にしているからか、味は苦かったり、酸っぱかったり、渋かったり……だけど、なんとも味わってみたくなってしまいます。心の悩みを飲みやすいようにと調理する、そんな温かな手間暇がじんわりと心を温かくします。
また、店に訪れるお客様は誰も彼も個性豊かな妖怪ばかりです。人間臭い彼らの悩みをお茶にして飲むと、不思議と妖怪たちが好きになってしまいます。……そして、面白いだけでなく妖怪の怖い一面も。ゾッとするような妖怪らしい一面も、読んでいくうちに少しずつ愛おしくなってしまいます。
そして、人の悩みを飲んでいくうちに主人公・弥尋は成長していきます。心の悩みと向き合う強さを持って、自分の言葉で話して立つ彼女の姿に心励まされる温かい物語でした。
社会人である女性主人公は、日々の生活に疲れていた。しかし、ある喫茶店で鏡から名前と姿を取られてから、その存在の希薄さに拍車がかかり、ますます不確かな存在になってしまう。主人公は喫茶店で働きながら、鏡の行方を探すことになる。
しかし、その喫茶店はただの喫茶店ではなく、妖怪たちが集まる場所だったのだ。主人公は戸惑いながらも、心の芽を切って煮詰めた茶を飲むことに。初めは飲みにくい茶の味も、その人外を知って飲むと円やかになる。また、店主に指示されてハーブなどを入れて飲むと意外に美味しい。主人公は人外ごとに異なる茶を飲むたびに、自分の不確かさを知り、克服していく。
そんな主人公が心配していたのは、自分の姿と名前を盗んだ鏡が、人間社会で何をしているかだった。時はSNS社会。自分の姿で他人に迷惑をかけたり傷つけたりしていないか不安だった。そして自分の評判も鏡のせいでおかしくならないかと案じていた。
しかしある日、主人公はかつての知り合いに出会い、一つの決心をする。それを揺るがないようにするために、店主と鏡について知っておきたかったのだが……。
他人の心を知ることで、自分の存在を知る。それは奇しくも普遍的な人間の営みだ。それを妖怪喫茶という形で表していることが素晴らしい。
また、文字には乗らない味や香りについての描写が凝っていて、追加されるハーブの知識も豊富で、まるで文章から味や香りがたっているように表現されている。作者様の想像力と表現力の豊かさに圧倒される一作でした。
是非、ご一読下さい。
親切心に付け込まれて存在を奪われた主人公が、他者を知ることで少しずつ自分を取り戻していく現代ファンタジー作品です。
主人公は普通でいることに疲れ切ってしまった女性。
退職をきっかけに悩みは心を蝕み、ついには怪異との境界線を認識できるほどになってしまいます。
覚悟もなくあっちの世界に踏み出した主人公は、怪異からすれば格好の獲物。
気が付けば身体も名前も取られ、消えゆくだけの幽かになってしまいました。
ですが、捨てる神あれば拾う神あり。主人公はとある喫茶店のオーナーに拾われ、従業員として働くことになります。
報酬は心の分配。お客様の悩みを分かちあうことで、主人公は消え去った中身を注いでいく。
そして、自分を取り戻すための活力に変えていくのです。
主人公は奪われた存在を取り戻せるのか。
ぜひ読んでみてください。