勇者と魔王の百合カプ見てたら、いつの間にか裏ボスになっていた

藍々瀬。

もしも

 人族と魔族。オルネス大陸に住まう主なふたつの種族の間には、すでに過去の遺恨などはなく、ここ数百年の両種族は平和を謳歌しながら日々を暮らしていた。

 リスティア帝国樹立の瞬間、婚姻を結んだ人族の王子と魔族の姫とを象徴として、魔族と人族は長らく手を取りあってきた。


 誰も彼もとは言わないが、大陸に生きるほとんどの者が平和を享受する時代。

 それが統一歴1700年代後半のリスティア帝国だった。


 そうして平和の秩序は強まっていき、やがてオルネス大陸における神々の力は、生へと傾いていった。


 世界というのは、奇跡的なバランスで成り立っている。

 銀と均衡の神はこの世界の秩序を司り、時に恵みを、時に試練を与えるという。


 世界に、死が満ち始めた。


 人も魔族も、余裕があったからこそ平和を信じていた。

 豊かな暮らしを続けていたからこそ、人族と魔族は手を取りあって共存の道を歩めると信じていた。


 余裕が無い者の心は、次第にすり減っていく。

 すり減った心は、簡単に染まってしまう。

 綺麗事だけで世界は回らない。世界を回すのは、いつの時代も損得だ。


 誰が最初に言ったのかは分からない。

 それは人族なのか、それとも魔族なのか。


 『命は増えすぎた』と唱えた者は、真っ先に隣人を減らすべきだと主張した。

 それを受けた隣人は、お前こそが居なくなれと主張した。


 戦いとは、自分の都合の押しつけ合いだ。

 そこには正義も悪もない。暴力による外交にあるのは、ただの頑固な意見だけ。

 対話すらをも放棄し、妥協と譲歩という概念をどこかに忘れてきた大きな子供の、周りを巻き込んだ大喧嘩。


 人魔戦争は、人族にとっても魔族にとっても最大の過ちとして、後世に残されることになる。


 聖なる神に祝福された者は勇者と呼ばれた。

 邪なる神に祝福された者は魔王と呼ばれた。


 勇者と魔王。

 出会い方が違えば親友同士になれたであろう優しいふたりの戦いは、ついに決着のつかないままに相打ちとなる。


 手を取りあってきた隣人を憎み、傷つけ合いながらヒートアップしていった戦いは、誰も勝者のいない戦いとして幕を閉じることになった。




 というのが、『星降る夜のロンド』の大体のストーリーである。

 そして今、とある少女の奇妙で不可解な行動によって、未来は予測不可能なものへと変貌していった。




*****




「将来の魔王様と言っても、今ならただの学生ですもんねぇ……同年代の少女に負けるのは初めてですか?」

「あなたは……」


 ミスティアラ公爵家の公爵邸。その一室。

 クルセリア=ミスティアラの私室にて、公爵令嬢クルセリアの紫色の瞳と、謎の侵入者の深紅の瞳は見つめあっていた。


「ふふ。そんなに見つめても何も出ませんよ?」


 闇の中、妖しく光る紅が揺れる。

 どこか上気した頬は、とてもこの場には不相応なものだった。

 一秒にも満たない魔術戦闘によって僅かに乱れた部屋に、凍りついた空気が張り詰める。


「あなたは誰なんですか。何が目的なんですか」

「ああ何も知らなくていいですよ。知ったところで何も変わりませんので。それではおやすみなさい」


 そう白髪の少女が零し、手に魔術を構築した光が見える。

 その瞬間にクルセリアは、目の前の少女が自らと隔絶した存在であることを否応なく叩きつけられた。


 単純な魔術だ。少女の手元に光る術式は、あまりに単純な羅列で構成されていた。

 あまりに、単純すぎた。洗練されすぎていた。

 どこまでも無駄を削ぎ落とした、たった三節の術式だった。

 効率的で機能美に溢れ、どこか芸術的とすら思えるほどに洗練されつくした、たった三節の初級魔術以下の構成だった。


「ふふ……あはははッ! これで、理想の『もしも』になるかなぁ……」


 嗤う、嗤う。ただ純粋に。

 ともすれば狂気的とも思えるその笑みは、ただただ純粋に自らが描いた未来へと思いを馳せるだけのものだった。


「出会い方が違えば……ふふ。前世で描けなかったIFの世界が、今から出来上がるんだねぇ……楽しみだぁ……」


 彼女の名はナティア・イルミディア。

 この世界の創造主であり、極度の拗らせ厄介百合カプ厨であり、裏ボスである。

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