【月光】

 目の前で泣いた女が居た。


 あの日からずっと

 堪らず叫びたかった。


 口にすることを

 はばかられるほど

 忌々しくなるだろう言葉を


 安い言霊にしたくはない

 己の口から

 出す訳にはいかない


 遮るように

 栓をするように


 涙する女の唇を

 何かを言い出す唇を


 また再び塞いだのだ。


 もう止まらない

 抑えない


「桔梗」だけしか

 求めていないのだから


 言わせない

 言わせたくはない


 この涙は俺だ

 俺が流させたのだ。


 それ以上はいけない

 それ以上は


「桔梗」という女に

 誰よりも感情を出すのが苦手な

 愛しい女に


 それは俺からやるのだ。

 一度裏切ったこの己が


 口にするのは

 浅ましい俺からなのだ。


「愛している」


 たったそれだけだ

 たったそれだけの

 嘘偽りない言葉


 卑しく浅ましい

 心からの言葉


「香澄」という妻を持ち

 里の未来を託される。

 そんな男の


 欲に溺れる言葉


 破滅へと向かう言葉


 抑えられなかった。

 抑えられるはずもなかった。


 幼き日より見た

 この胸を焦がすほどの


 あの熱く激しい情熱は


「桔梗」にしか抱かないのだから


 止まらない

 止められない

 止まりようがない


 罵倒されようと

 失望されようと

 後ろ指さされようと


 目の前に佇み

 浅ましい己に

 静かに問いかけようと

 確かめようとした


 誰よりも大事な

 誰よりも大切な


 そんな存在に


 理性など保てるものか

 知性など保てるものか


 知らない

 知りたくない


 たとえこの先が

 茨の道になろうとも


 心に居るのはこの女だけ

「桔梗」だけだ


 愛しき女の肌に触れ

 熱く火照る肌を合わせ


 何度も何度も

 心から囁く


 何度も何度も

 耳元で囁く


 お前しか居ないのだと

 お前でなければいけないのだと


 ああ…なんとも…


(今宵は月が美しい…)

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